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良いニュースと悪いニュース
突然、地球の叔母からタイムラグレス電話がかかってきた。「良いニュースと悪いニュース、どちらから先に聞きたい?」だって。いつから叔母さんはギャング映画のヒロインになったんだよ。
「じゃあ悪いニュースから教えて」とわたしは言う。美味しいものは最後まで取って置く性格だから。
「今年の火星ロケット搭乗者の抽選に落ちちゃった。これで20年連続の落選。来年で五十歳だから、とうとう火星移住は叶わないみたい」と叔母は、さもありなんという調子で答えた。
火星移住の規定として、一般入植資格には五十歳以下という年齢制限があった。
「そう、あらゆる環境を変えたがってたもんね、叔母さん」と十歳も年の離れていないわたしは、思いたくもない自身の年齢のことを思い出した。
「火星のことは、あんた達からの動画や写真の雰囲気だけ、心に感じておくことにするよ」と叔母は強がった。
その言葉はぜったい嘘だ。彼女の書いているVログ『火星に行けなかった女(通称「カセイケ」)』は「絶対行ってやる」感の満載の人気チャンネルなのだ。
「待ってろよ、火星!」っていつも決め台詞言ってるじゃん。
まさかこの電話、『カセイケ』用に収録してないよね?いや、あるあるだろう・・・。念のために言葉に用心しておくことにしよう。
*
「良いニュースのほうはね」と叔母は呼吸を整えてから言った。「地球から戦争や紛争が一切なくなったことなんだよ。これからも起こらない」
何言ってるの、叔母さん?あの地球という星で、国と国、それに民族同士の争いごとが消えるなんて絶対にあり得ない。
「今日は4月1日だったかしら?」とわたしは年末のカレンダー横目に聞いた。
「人を失望させるような嘘だけはつかないわ」と彼女ははっきり言った。「もうしばらくしたらニュースが詳細を報じ出すと思うの。そちらの報道の検閲体制が厳しいから」
「わかった。それが本当なら、地球でずっと過ごすのも悪くないわね、叔母さん」
『火星に行けなかった女』は地球を謳歌して死ぬこともありなんだ。それも悪くないよね。
*
翌日、地球の全各国首脳が一つの大部屋で、マイム・マイムを輪になって踊るのをニュースが報じた。紛争地帯の兵士たちは、大量のロケット弾を分解して抱き合っていた。20世紀末にヨーロッパのヘソみたいな場所で壁を壊していた映像と、すごく似ていた。
政治家たちがあんなに笑いあう映像を見たことはなかった。これまで引き攣った作り笑いばかりだったみたい。
どこへ行くにも規制だらけだった星も、きっと心を病んでいただけなのかもしれない。
またいつか、無闇に嫌ったり、相手と関わりたくないと言い出す強迫性の症状が、あの星に再発しないとも限らないけれど、一度でも楽になれる時代が来たことは末裔に誇れる歴史として記憶に残るだろう。
いいな。
それはそうと、『カセイケ』の動画更新が遅れているけど、叔母さんどうしたんだろ?
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