とある禁止条例

 「ピコーン」とスマホが鳴り、私の優越感ゲージが、また1つ増えたのを感じた。SNSを開いてみると、昨日あげた記事に「いいね~!」や「すごいね~!」などの反応が新たに沢山ついていた。コメントも多く「やっぱクミちゃんてすごい!尊敬しちゃう!」であったり「いいなー☆うらやましい」であったり、それらを読むたびに私の優越感ゲージは増えていき、輝きを増していく。表情が自然と緩み、あやうくヨダレを垂らしそうになって、あわてて「ジュルッ!」っと吸い上げた。

 人はパンだけで生きてる訳じゃない、とかなんとかいう言葉をどこかで聞いたことがあるが、同感だ。私は優越感がなければ、生きていけない。優越感を得られるからこそ行動し、自分を磨こう、高めていこうと努力できる。「いいなー」「すごいなー」と人から思われるような服装、食事、学校、仕事、パートナー。それらを得るために血のにじむような努力を私はしてきたのだ。

 「ピコーン」「ピコーン」とスマホが鳴るたび、まるで『〇ちゃんの仮装大賞』みたいに「プッ」「プッ」と優越感ゲージは増えていく。さらに増やすために、お金と時間をかけ、自分を磨き高めていく。これを生き甲斐と言わずして、何と言えるだろうか。

 

確かにそう思っていた。昨日までは。


 今朝、テレビでニュースを観て驚いた。「優越感禁止条例」という言葉が飛び込んできたからだ。普段、ニュースも新聞も読まないので、一体どういうことなのか意味が分からない。番組に出演している神経質そうな専門家が不自然な作り笑いを浮かべながら何やら説明している。

 「人間の意識は、この地球、ひいては宇宙に多大な影響を及ぼしています。宇宙の流れに取り残されないためにも、少しずつではありますが、悪影響を及ぼす人間の負の意識を禁止することは必須であります。負の意識は何種類もあるのですが、とりわけ影響が大きいと考えられる優越感から禁止することとなりました」

 なんとバカバカしいことか!そもそも優越感を取り締まることなど、どうやってするつもりなのか。そう思っていると、専門家は白衣のポケットからメガネを取り出し、説明を続けた。

 「わたくしどもが開発した、メガネに見えるこの装置は、人間の意識を可視化し、数値として表すことが可能です。昔あった漫画の中で、敵の強さを測ることができる『スカウター』という装置が描かれたことがありますが、簡単に言えば、それと似たようなものです。意識はその人の周りにある空気中の粒子を振動させます。どんな意識なのかによって振動数が変わってくる。この装置は、意識の種類ごとに、それを読み取ることができるのです」

 「その装置の名前は何というのですか?」と、恐る恐る、興味津々といった様子で番組の男性司会者が尋ねた。中高年女性をはじめ、広い年齢層の視聴者から人気のある名物司会者で、物腰の柔らかいトークに定評がある男だった。

 「『バイブレーションリーダー』略して『BR』です。どれ、試しに計測してみましょうか」そう言って、専門家はBRをかけ、番組の男性司会者をジッと見つめた。「おや?あなたの優越感は538もありますね」

 「えっ!そ、そんな」と男性司会者は動揺している。隣に立っている女性アナウンサーも「この方は、局の中でも謙虚さで有名なんですよ。計測間違いではありませんか?」と驚いた様子で言った。

 「いいえ」専門家は冷静に顔を横に振る。「この装置の精度は99.9%。気が遠くなるほど何度も実験を行った結果、その正確さに疑いはありません。普段、どんなに外面をよくしていようが、関係ありません。その人の意識と外見や行動は切り離して考えるべきです。残念ですが、あなたが矯正連行第1号になってしまったようです。セーフティラインは20なので、大幅にオーバーしてしまっている」

 するといきなり黒スーツの男4人が画面に現れ、男性司会者を取り囲んだ。男性司会者は今にも泣きだしてしまいそうな顔をしている。「助けて下さい」

 「地球の進化、ひいては人類の進化は急を要することです。みなさんはそんなに実感はないかもしれませんが、緊急事態なのです。矯正が進むことにより人類は進化し、地球もようやく銀河連盟に名を連ねることができる。あなたは地球人として正式な矯正者第1号となったことを誇りに思うべきです」

 男性司会者は抵抗の意思を示したが、黒スーツ4人組に身体を抑え込まれ、そのまま連行されていってしまった。女性アナウンサーはその様子を涙顔で震えながら見ている。

 「さて」と専門家は続けた。「御覧の通り、禁止令はすでに効力をもっており、取り締まりは始まっています。今、この番組を観ている視聴者の方々も、もちろん取り締まりの対象です。矯正連行をすれば確実に人類の浄化は進みますが、それでは時間もお金も無駄に多くかかってしまいますし、連行するなどという乱暴な手段はできるだけ取りたくないのです。ですので、それぞれ皆さんが自助努力で自らの意識を矯正するよう努めて頂きたい。そのためのカウンセリングや服薬、ワークショップに関する専門機関もご用意しています」テレビ画面の下に、電話番号やQRコードが表示される。

 「そうそう、それから」と専門家はBRをかけたまま、女性アナウンサーの方に顔をやった。「BRは、このメガネ型だけではありません。国民のみなさんには申し訳ないのですが、秘密裡に小型感知式BRを、各都道府県、各市町村に設置済みです。何年も前から準備してきたことを、こうしてみなさんに発表することができ、感無量です。

、、、おい。この女性も優越感数値が435もある。矯正施設にお連れしなさい。、、、

 この分だと矯正施設はパンクするかもしれないとご心配の方がおられるかもしれませんが、その心配はございません。銀河連盟代表に話は通してあり十分な予算を頂いておりますので」

 泣きながら女性アナウンサーが黒服に連れていかれる。なんだか頭がクラクラしてきた。思考がついていかない。そもそも、なぜ優越感をもったぐらいで連行されなければならないのか、まったく理解できない。チャンネルを変えてみたが、やはり優越感禁止令についての説明が行われているようだ。これは夢ではないかと疑い、ほっぺたをつねってみるが、痛いだけだった。

 専門家はカメラ目線で続けた。まるで私がBRで覗かれているように感じて、ゾッとする。「もしかすると、これは現実ではないと思われる方もいるかもしれませんが、残念ながら現実です。それだけ地球人の浄化は進んでいないのです。しかし、落ち込む必要はありません。なぜなら、これから浄化は急激にすすんでいくのですから。そのための労力や苦しみ、痛みは成長痛のようなものだと考えて頂けると助かります。それでは、ご清聴いただきありがとうございました。みなさんとは、できれば矯正施設ではなく、新生地球でお目にかかりたいと、そう願っております」

 俊敏な動きで黒4人組が戻ってきて、専門家を真ん中にして整列し、カメラの方へとまっすぐ身体を向ける。そして彼らは一斉に右手を高々と上げ、「ハッピーニューアース!銀河連盟バンザイ!」と叫んだ。

 この世のものではないものを見せられた感覚になり、怖くなって、私は慌ててテレビの電源を消した。部屋の中は静かだったが、なにやら全然違う世界にきてしまったような、不思議な感覚になった。

 

 「ピコーン」「ピコーン」と手元でスマホが鳴っている。

 どこからか、黒スーツの男達が俊敏な動きでこちらに近づいてくるような、革靴の乾いた足音が聞こえたような気がした。


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 読んでいただき、ありがとうございます。

 今回は、yonetakuさんの写真から得たインスピレーションをもとにショートショートを描かせていただきました。yonetakuさん、ありがとうございます。

 今日も、すべてに、ありがとう✨

 


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