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失恋

 防波堤のフナムシとストロングゼロの空き缶。五年前にドンキで買ったスウェットにナイキのサンダル。しゃがみこんで吐いてる彼女を見て「私にしたらいいのになあ」と思った。
 真夜中の零時に呼び出された。
 私はもう布団の中でうつらうつらしていたけれど、サイレントモードにし忘れたスマホがけたたましく鳴り始め、若干の苛つきを覚えながら電話を取った。

「みずきぃ。ぐすっ。今会えるっ?」

 私は布団から飛び上がって、返事をしながら髪を梳き、スマホを耳に当てたままアパートを飛び出した。生理現象みたいなもので、私は彼女に頼られると身体が勝手に動いてしまうようになっている。

「どこいんの」
「ぐすっ。駅ぃ」
「わかった。もう家出たから」
「うん。うん。ありがとう……」

 本当に弱っている時にだけ人に礼を言える性質の人だから、私はそれだけで心臓が潰れそうだった。できることなら彼女から礼は聞きたくない。いつも通り傲慢で我儘で自分勝手であってほしかった。
 駅舎のコインロッカーの隣に座り込んで泣いている彼女を見つけると心のどこかが満たされた。ずっとつなげっぱなしだった通話を切って駆け寄ると、彼女は顔を上げて涙でぼろぼろになった化粧を更に歪ませた。

「みずきぃ」
「加奈。どうしたの。何があった?」
「かっ、加奈ね。加奈、加奈さぁ……またフラれちゃったぁ」

 彼女の向かいに座り込んで抱きしめる。物珍しそうに向けられる通行人の視線に嫌悪感を覚えて、彼女を支えてなんとか立ち上がった。

「酒買おう、加奈」
「うっ、うっ、うん」
「そんで海いこ。歩いて」
「うっ、うっ、うん」

 加奈は私を見て、なんとかという風に笑顔を作った。加奈は酒が好きではない。強くもない。けれどこういう時には飲ませるべきだと知っている。それが無ければ、手首か二の腕か太ももを切るか、死なないくらいの高さから飛び降りるのだ。

 だから今彼女は吐いている。際限なく。胃の中を空っぽにして。可愛い顔から想像もつかない汚い嗚咽を漏らして泣きながら吐いている。私は隣にしゃがんで黙って彼女の背中を撫でている。生理現象みたいなもので、彼女の望む行動を察知すると身体が勝手に動いてしまうようになっている。

 全部吐いてなくなってしまえばいいのになあ。
 彼女の身体に溜まった、彼女を傷つけてきた澱ごとなくなってしまえばいいのになあ。
 私ならこの子を傷つけたりしないのになあ。

 そこまで思って、笑ってしまいそうになる。哀しんでいるからと言って身体に合わない酒を勧める人間を、この子はどうして頼ってくれるのかな。誤魔化すように私も酒を煽った。脳味噌が渦を巻く感覚に膝を着く。フナムシが潰れた。


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