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川を下っている。
澄んだ水が淡い空を反射して煌めいている。
木製の小舟はところどころ黴て黒ずんでいるもののその役割を十分に果たしている。
私は前を向いている。
楷を川底に突き立てて無理矢理に前進している。
川の流れは緩やかである。
川岸には満開の桜草が帯を成している。
私は前進している。
川を下っている。
川幅は広く、私は真ん中で漂っている。
時折強い風が吹き抜ける。
私は小舟ごとぐるりと回転する。その時に限って、楷はなんの役割も果たさなくなる。
私は後退している。
川を下っている。
川の中には小さな魚が、底には丸い小石と苔が。
魚は楷から逃げおおせるが、石も苔もその静寂を破られる。
私は前を向いている。
ただ川を下っていく。
桜草、椚、木漏れ日が私を見送ってゆく。
空には白と青の境界がない。
私だけが流れていく。
楷を手放して流されていく。
川を下り続ける。
水には川と海の境界がない。

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