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資本主義とふるさと日本🍠

寝ぼけていたら
これを書き出してしまった
誰かが私を通して語っているようだ
神秘主義者
m(__)m m(__)m



資本主義はつづく🍠


今の状態は
純粋な資本主義とは呼べないかもしれない
明らかにコントロールが働いている
少なくとも「金融資本主義」と言える

また、日本は資本主義を理解しているとは思えない
社会主義的な要素が多分にある

しかし
まあ、それはおいておこう
基本的には資本主義と言ってよい
それに巻き込まれている

資本主義は続く可能性が高い
そして未来はもうちょっとわかりやすくなっているだろうけれど

私は決して社会主義的なマインドを表明したいわけではない
ルサンチマンケツナメ低俗マインドの持ち主かもしれないが
資本主義に悪い評価を加えてはいない

ランドなどを筆頭とする
私有財産の概念
自由の概念

現代の文明の中ではそれは評価されるべきであるし
私も恩恵を受けている
それはファクトであろう

おっと!
今回はそのようなお堅い話をしようと思ったわけではありませんでした
邪念(いもげん)が食い込んで来てしまった!
ごめんなさいm(__)m


剝がされる🍠


資本主義の畑において
あらゆるものは剥奪されていく
属性も関係ない
干し芋星出身だとか関係ない

資本主義の
その剥の波に抗うことは出来るのであろうか?🍠

その波に否応なく飲み込まれ流されていく

その波に流される抽象的なプランクトンが
無機質な交流が行われる

その大いなる海という何かの中で浮かぶ
その海という畑が複雑さをまとめ上げ
一つの何かへまとめ上げる


どこまでも豊饒なる芋蜜の海
底なしの底はそこにあるのか




島を作りたい🍠


私は人間である前に
日本人なのかもしれない


ある芋好きは
底なしの底への自覚がなされた

これは当たり前のことではないか

無限に潜っていく
その中で
底なしの底へと迫る中で
圧倒的な限界へ身を晒す中で
舵を切る者たちがいる

しかし
私はもっと潜り続ける

ふとしたとき
私は上へ上へと昇っていたのだという
おもい、おいもが出てくる🍠

西洋の哲学者の多く
(この文脈でこういうこと言うと勘違いされそうだが特に意味はない)
は果てがそこだと思えば、たどり着いたと思えば
未練なく止まって何年後かには死ぬ

言語のレベルを腸えなければならない
(と言っているのも言語であるが)

頽落してしまう瞬間すら愛せたのなら

結局、愛ではないか

何もかもと和解することが
出来るのであればどうか

その特殊なるままに笑い合いわっしょいする

そのユニバースに背くだけの余裕を持ちながら
ふざけるだけの余裕があるならば


我々は代替可能な存在である

しかし

いまここにおいて
確かにイモリズムが流れている

いまここにおいて
一人一人の音色が
最高の根色、ミュージックを奏でているではないか

強烈な香りを放ち
未来の臨在感を誘発させ
その永続性を感じさせられる

我々にふるさとは必要だ
その荒地ではない
豊饒なる焼き芋たちを全身全霊で感じられる芋畑だ

あくまでそれはゲームである
何の深刻さもないのだ

それは腸悦なのだ🍠😊🤣


我々は芋苗人だ
私は日本人だ




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