さよなら、可愛いパンプス
数年間捨てられなかった最後のパンプスを、ついに手放した。
キャメルと黒のバイカラー。すこしゴールドのラインも入っているそれは、6年前に買ったお気に入りの靴だ。
私はもともとヒールの靴が大好きで、20代前半の頃はスニーカーすら持っていないほどだった。当時のファッションにも合っていて、つり革に手が自然と届き、背が低くてもナメられにくい。選ばない理由がなかった。
その靴はストラップのないシンプルな形状だった。私のかかとの形はこういうパンプスには合わず、すぐに脱げてしまうから全然履けないのだけど、これだけはシューグッズを駆使してごくたまに履いていた。
もちろんここ数年は、もうそんなことをしてまでパンプスを履く熱量なんてなく、流行も気持ちもカジュアルになってぺたんこシューズばかり。フォーマル用とショートブーツ以外、ヒールはすべて手放してきた。
それでも、これだけはずっと捨てられずにいたのだ。買ったときの気持ちを残しておきたかったし、昔みたいな自分になりたいと思った時の最後の砦として。
履きたいと思ったことは何度もある。でも「合わない靴はしんどい」という気持ちの方が強くて、そのうち年齢にもそぐわない感じになってきた。好きなら年なんて関係なく履けばいいと思うけれど、自分がそう思ってしまうなら、そういうことなのだ。
昔みたいな自分になりたいと思うことは、もうない。それよりも、もっと自然な今に合う靴がある。
だから、もういいかな。
いままで、私の憧れを支えてくれてありがとう。
そう感謝しつつ、これを履きたかった理由と気持ちだけを心の中にしまって、手放した。
久しぶりにそのブランドのサイトを見てみたら、ヒールの靴には心惹かれず、かわりに今の好みの感じのフラットシューズを見つけた。もう5年くらいずっと同じような靴ばかりだったけれど、久しぶりに違うデザインのものを履きたいと思えた。
これからは、ぺたんこ靴が似合う私でいこう。
さよなら、あの頃の私。