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終末ミライ予想図

「医療もの」というお題を受けて書いた習作。仄白先生のキャラは今でも好きです。

   人 物
仄白サトル(48)ホスピス医
朝島頼斗(14)中学生
朝島法香(92)頼斗の祖母
水居ミサ(27)看護師

○春の山・全景
うぐいすの声が響く。

○仄白さくら病院・医局
古びた液晶テレビがニュースを報じる。
アナウンサー「こちらが本日156歳のお誕生日を迎え、国内の長寿記録を更新した田村栄子さんです。おめでとうございます」
マイクを向けられる外見年齢70歳前後の女性。しっかりとした口調である。
仄白サトル(48)、超薄型のタブレット型端末で電子新聞を読んでいる。新聞の日付けは2089年4月6日。記事には、国内平均寿命が100歳を突破、進化を続ける医療テクノロジー、新世紀日本は長寿健康大国へ、とある。
仄白の眼鏡に見出しが反射して映る。
ふと窓の外を見る仄白。
看護師、水居ミサ(27)が、玄関ロータリーに咲く桜の木の花びらをほうきで集めている。
樹を見上げ、美しく微笑むミサ。
仄白、長い前髪で目は隠れたままだが、視線はミサに釘付け。
やがて立ち上がり、医局を出て行く。

○同・外観
山の中の3階建ての建物。老朽化が激しく、ロータリーの桜だけが美しい。そこへ朝島頼斗(14)がやってくる。建物を怪訝そうに見上げる頼斗。

○同・廊下
無人の廊下。あたりを見回し歩く頼斗。
廊下に置かれた液晶テレビを一瞥。
頼斗「今時液晶かよ」
腕時計型のウェアラブル端末に触れると立体映像が現れる。圏外と表示され、うんざりとため息をつく頼斗。

○同・屋上
階段室のドアから頼斗が顔を覗かせる。
頼斗「(ため息)迷った……」
真正面の欄干に向かい、寄りかかる。
斜面に沿って建てられた病院の屋上からは、のどかな春の野山を見渡せる。
頼斗「本当にここであってんのか?」
端末の立体映像に、ノリコ移送先・仄白さくら病院というメモ書きが浮かぶ。
ふと視線を下に動かす頼斗。
真下。欄干の向こう側。建物のコンクリートの縁に、人間の両手指の第一関節がひっかかっている。ずる、と指がちょっと落ちる。
頼斗「……。(驚いて)うわあああ!」
頼斗、欄干を飛び越え、今にも落ちそうな人の白衣を着た腕を掴み引っ張り上げる。
   × × ×
四つん這いのポーズでぜいぜい息をつく頼斗。近くには仄白が、水揚げされたマグロのように俯せで倒れている。
仄白「また死に損ないました」
頼斗「死ななくてよかったですよ!!」
仄白「ミサちゃんの桜スマイルプライスレスのお陰で、今日こそ幸福の絶頂で死ねると思ったんですが……やはり投身自殺は死体処理の手間を考えると申し訳なくて……」
頼斗「あなた、ここのお医者さんですよね!?」
仄白、首を上げ、首をこてんと傾げ、
仄白「どちら様でしょう」
頼斗「朝島です!先週市立病院からここに移送されてきた朝島法香の孫!」
仄白「……ああ~」
眼鏡をくいっと上げる仄白。
仄白「そうでした。今は一人珍しく入院患者がいたんでした」
立ち上がり、頼斗を見てけろっと言う。
仄白「うん。死ぬのはまた今度にします」
頼斗、ただぜいぜい呼吸するしかない。
仄白のポケットでバイブ音。ボロボロのスマホを取り出し確認する。
仄白「すいません。おばあさまの容体が急変したようなので行きます」
頼斗「(驚いて)えっ!?」

○同・廊下
ストレッチャーの車輪が廊下を駆ける。

○同・処置室
仄白とミサが患者を処置台へ移す。
仄白「1,2,3!」
朝島法香(92)。痛みに呻いている。
仄白「朝島さんお腹触りますね」
仄白が法香の腹部に触れる。
仄白「腫瘍が以前より大きい。腹腔内出血を起こしているかもしれません」
ミサ「CTは」
仄白「撮りましょう。僕が連絡します。ミサさんモヒ30分でドリップしてください」
ミサ「はい!」
医療用麻薬の注射器を準備をするミサ。
仄白は法香の腕にバンドを巻きながら、肩と頬に電話を挟んで通話する。
仄白「矢口さん至急下腹部CTの準備お願いします。患者は朝島法香92歳」

○同・廊下(夕)
夕陽色に染まる窓に桜の花びらが舞う。
祈るように手を組みベンチに座る頼斗。
廊下の角からストレッチャーを押す仄白とミサが出てくる。頼斗立ち上がり、
頼斗「ばあちゃん!」
法香に駆け寄る。
ミサ「大丈夫よ。少し眠らせてあげて」
穏やかに寝息を立てている法香。
頼斗、ほっと安心の笑顔になり、
頼斗「先生、ありがとうございます!」
仄白、無表情で会釈だけ返す。
頼斗「ここならばあちゃんの病気治せるって、本当だったんですね!」
ミサ「えっ?」
頼斗「前の医者に諦められて移送になったって聞いたときはびっくりしたけど。でもばあちゃんの病気なんてただのがんだし、ばあちゃんまだ92だし。今時治せない病気なんてあるわけないですもんね!ね!」
ミサの表情が曇る。
仄白、眼鏡のブリッジを上げ無表情に、
仄白「お孫さん。ミサさんと一緒に、おばあ様をお部屋まで運んでくれますか」
頼斗「え?」
歩き去る仄白。疑問顔で見送る頼斗。
ミサ「うちの病院、基本的に私と先生しかいなくて人手不足なの。手伝ってくれる?」
頼斗「は、はい……」

○病院前の路上(夕)
坂を下って帰って行く頼斗の背中。
見送るミサ。その背後から仄白が来る。
仄白「帰りましたか」
小さくなっていく頼斗の背中。
ミサ「移送先、自力で調べてきたそうです。ご両親は教えてくれなかったそうで」
仄白「でしょうね」
仄白、植込みの銘板を見やる。
錆びた銘板には、緩和ケア専門・仄白さくら病院と書かれている。
仄白「あらゆる病気が克服され、長生きするのがあたりまえ、という環境で育ったあの世代には、ホスピスなんて旧時代の言葉、通じないでしょうし」
ミサ「……。やっぱり、ほんとのことを伝えたほうが良いんじゃないでしょうか。おばあちゃんは、ここに治療に来たんじゃなくて……」
坂道に消えていく頼斗の背中。
ミサ「……死にに来たんだよ、って」
仄白「……」
仄白、無表情で眼鏡のブリッジを上げ。
仄白「それは私たちではなく、ご本人の口から聞かされた方がいいと思います。……今となっては、もう難しいでしょうが」
桜の樹から花びらがちらちらと舞う。
ミサ、考え。やがて決意して。
ミサ「摘出手術、本当にしないんですか。それで少し時間を稼げれば」
仄白、ミサを真っ直ぐ見つめて、
仄白「その少しの間、桜は待ってくれますか?」
ミサ、答えられない。目を伏せる。
少し強い風が桜樹を煽る。
ミサ「でも……」

○同・廊下(夜)
液晶テレビは依然156歳の女性のことを報じている。
仄白・N「世界が、死を忘れつつある」

○同・病室(夜)
ベッド6台の大部屋。患者は呼吸器をあてがわれた法香ひとりだけである。
法香のベッドサイドのテーブルに置かれた古びた文庫本を手に取る仄白。
岩波書店の文庫・山家集。仄白は栞代わりに挟まれた紙を広げる。
尊厳死の署名書の控え。法香の署名がある。紙がはさまれていたページには、西行法師の句が載っている。
仄白「願わくば、花の下にて春死なん」
眠る法香。仄白、法香に向かって、
仄白「素敵な死に方です。羨ましい」
本を元通りにし、法香に握らせる。
ミサの言葉を思い出す仄白。
ミサの声「でも……」

○(回想)病院前の路上(夕)
ミサの声「頼斗君の、あんな嬉しそうな笑顔に嘘ついたまま亡くなるのは、先生の目指す幸福な死とは違うんじゃないですか?」

○仄白さくら病院・病室(夜)
仄白「……」
仄白、顔を伏せ、眼鏡をくいと上げる。
仄白・N「その人が真に死ぬべき時を逃して欲しくはない。それが僕の願い」
窓の外には夜桜がぼうと浮かぶ。
仄白・N「願わくば」
暗転。
仄白・N「世界中の人々が、幸福な死を迎えられますように」

【了】

Photo : ©clearether

いただいたご支援は、今後の更なる創作活動のために活用したいと思っています。アプリゲーム作ったり、アニメ作ったり、夢があるの!(>ェ<)