見出し画像

アクトレス・コート

「弁護士ドラマ」というお題を出されて書いてみた習作。おっきなドラマの冒頭の10分くらいの内容。こんな弁護士がいてたまるか。

   人 物
白森小夜香(30)弁護士
谷本良也(38)被疑者・依頼人
検察官
裁判長

〇小夜香の家・仕事場
暗い室内。ブラインドから朝日が射す。
白い壁に恐ろしげなホラー映画のポスターがある。脚本・倖月セレナとある。
一枚の原稿用紙がバイブ音とともにブーブーと震える。ブーブーブー、長い。
震える用紙の上にドンと女の手が乗る。
机の下から伸びてきた白い女の手が、鳴るケータイを探って机の上をうろうろ。やがてボサボサ頭が覗き、虚ろな目をした白森小夜香(30)が半分顔を出す。小夜香、用紙の下からケータイを取って立ちあがる。上下揃いのジャージ姿。机の上の眼鏡をかけ、ケータイの画面を見る。相手の名を確認。
画面には倖月宛・ワンコくんとある。
小夜香、受話する前にけだるく言う。
小夜香「倖月モーーーード」
受話ボタンをピ。とたんに眠かった目が目覚めて光る。笑顔。明るい声で。
小夜香「はぁい、倖月でーす。きゃー!一色さん!おはようございますー。ええ、今監督から言われたところの直し中でー」
机の上。真っ赤な駄目だしメモが多量に書きこまれた分厚い原稿の束に手を載せて寄りかかる小夜香。
小夜香「いえいえ~とても楽しいですよ~?それもこれも、一色さんがサドカワPと繋げてくださったおかげですよぅ。…あはっ、やーだー。あ、それで? もしかしてまたお仕事ご紹介してくださるんです? はいはい」
ええ、と相槌を繰りかえすごとに、小夜香の顔からすーっと笑顔が消えて行く。最後は無表情。無言。低い声で。
小夜香「一色くん。そのお仕事は白森宛よね。10分20秒後に白森宛にかけなおして」
ピ、と通話を切る小夜香。

〇同・事務所
木製ドアが開いて、スーツにまとめ髪・メイクをした小夜香が入ってくる。
整頓された室内を横切り机のほうへ。
一番上の引き出しを開ける。
スーツの襟に何かをつけていると、書類の上に置かれたケータイが鳴る。通話相手は白森宛・ワンコくん。
小夜香、目を閉じてしばし静止。呟く。
小夜香「白森モード!」
目を開け電話を受話。穏やかな笑顔で。
小夜香「お電話ありがとうございます。こちら白森法律事務所です」
小夜香の胸に光る黄金の弁護士バッチ。

〇戸塚警察署・留置所・接見室
テーブルにバン!と手をつく男の手。谷本良也(38)が痛切に叫ぶ。
谷本「俺はやってないんだ!」
谷本の前に座り、優しい笑顔で谷本を見ている小夜香。
谷本「ちっくしょう、警察も検察もハナっから決めつけやがって。俺の話を聞く気なんてねぇんだ!窃盗の前科持ちだからって、真面目に捜査しようとしねぇで!」
悔しげな谷本。笑顔のまま少しだけ谷本側に顔を寄せる小夜香。
小夜香「谷本良也さん。ご主張は、無実である、ということでよろしいですね?」
谷本「ああ、そうだ!やってないんだから!駅の防犯カメラに映ってたからって簡単に決めつけやがって!こっちは身に覚えのないことで拘束されていい迷惑だ!」
小夜香、慈愛の笑みを浮かべたまま、
小夜香「ヘタクソですねぇ」
谷本、絶句して小夜香を見る。
小夜香、手元のファイルを開く。その中には原稿用紙に書きつづられた、まるで映像シナリオのような文書。
小夜香「シーン①踊場駅プラットホーム。23時34分。人けのないホームのベンチに並んで座る谷本と、被害者・稲生俊三59歳。被害者稲生は酒に酔い潰れ眠っている。谷本と稲生の間の席には、稲生のセカンドバックが置かれている。ふと、稲生の肩を2度叩き、何か声をかける谷本。酔っぱらった稲生は谷本の手をうざったそうに振り払う」
怪訝そうに見つめる谷本。
小夜香「谷本、稲生が起きないのを見ると、稲生のセカンドバックを持ち、足早にその場を去っていく。シーン②同・改札外コインロッカー前。コインロッカーを開け、稲生のセカンドバックを放り込む谷本。去っていく」
ファイルを閉じる小夜香。にこと笑顔。
小夜香「駅の防犯カメラに映っていたのはこの2シーン、ですよね?」
谷本「た、他人の空似だ!俺じゃない!」
小夜香「最近の防犯カメラ舐めない方がいいですよー」
小夜香、自分の首筋辺りを指さし、
小夜香「ここ、3つ縦に並んだホクロありますよね?」
谷本の首に3つ並んだホクロがある。
谷本、首を隠し、目を泳がせる。
小夜香「やっぱり、やってるんですね」
谷本「……」
小夜香、にこにこ微笑んで。
小夜香「男ってどうして嘘が下手なんでしょうねー?」
谷本、震えた声で。
谷本「……自白しろってのか」
小夜香「そのほうが情状酌量の余地がありますよ。刑も軽くなるでしょう」
黙る谷本。小夜香、谷本の様子を見てまた顔を近づける。
小夜香「嘘つきたいですか?」
目を見開いて小夜香を見る谷本。
小夜香、顔を近づけ子供っぽく笑んで。
小夜香「ついちゃいます?」
目を瞬かせる谷本。嬉しそうな小夜香。
小夜香「あなたの嘘、私が書いてさしあげてましょうか」

〇横浜地方裁判所・外観

〇同・法廷
谷本の裁判。証拠調べが始まっている。
モニターに映し出された防犯カメラの映像を見ながら弁論する小夜香。
小夜香「眠っている稲生さんの肩を谷本さんが叩き、起こそうとします。しかし起きません。稲生さんが谷本さんの手を振り払います。……ここで映像止めて下さい」
映像が止まる。
小夜香「ここで稲生さん、何かしゃべっているように見えませんか?」
検察官の男が身を乗り出し画面を見る。
繰り返し再生される映像。稲生、確かに何かを口にしている。
小夜香「映像を解析したところ、稲生さんはこう口にしていました。『知らない』と」
谷本のほうを向く小夜香。
小夜香「谷本さん。この直前、あなたは稲生さんに何か声をかけましたか?」
谷本、しっかりと前を向いて告げる。
谷本「『これおっさんの?』と尋ねました」
目を見開く検察。
小夜香「『これおっさんの?』『知らない』。稲生さんはここで、このバッグが自分のものであることを否定しています」
検察官「異議あり。被害者は泥酔しており、発言は本人の意志と異なるものであったと」
小夜香「ここでは被害者の意志は関係ありません。すべては谷本さんがこの言葉を聞いた、という点にあります」
裁判官「異議を棄却します。弁護人続けて」
悔しげな検察官。
小夜香「『これおっさんの?』『知らない』。このとき谷本さんは、稲生さんにバッグが稲生さんの持ち物であるかどうかを確認し、否定されています。谷本さん。どうしてあなたはこのように尋ねたのですか?」
谷本「バッグが落し物なんじゃないかと思ったんです。それで駅員に届けようと思って」
小夜香「駅員にではなく、コインロッカーに預けたのはなぜですか?」
谷本「窓口に駅員がいなくて」
小夜香「置いていくことも出来たのでは?」
谷本「貴重品が入っているかばんだったので、そこにぽんと置くのも心配で。一度ロッカーに預けて、明日駅員に渡そうと思いました」
傍聴席の被害者、目を泳がせる。
小夜香、笑顔で裁判官の方を見る。
小夜香「当日夜に踊場駅に駅員がいなかったという証言もとれています。以上のことから、谷本さんは稲生さんバッグをとったのではなく、落し物のバッグだと勘違いして、届けようとしていたのです」
小夜香の手もとにはシナリオが書かれたファイル。パン、と閉じる。

〇戸塚警察署・正門
正門前で話す小夜香と谷本。
谷本「先生、ありがとうございました」
小夜香「無罪を勝ち取れてよかったですね」
微笑む小夜香。目を泳がせる谷本。
小夜香「だめですよ。そんな顔をしたら。まだカメラはまわってるんですから」
谷本「……え?」
小夜香「私が書いたあなたの嘘はついさきほどクランクインして、これから永遠にカメラが廻り続けるんです。ちゃんと演じ続けてくださいね?これからずっと、永遠に」
谷本、呆然。小夜香、いたずらっぽく微笑んで。
小夜香「嘘つくって大変でしょ?」
笑顔で去っていく小夜香。
小夜香を呆然と見送る谷本。ふと、何か思い出して。
谷本「あっ」
去っていく小夜香の後姿。
谷本「あの人……。昔テレビに出てた……女優の白森小夜香……!?」

【了】

Photo : ©clearether

いただいたご支援は、今後の更なる創作活動のために活用したいと思っています。アプリゲーム作ったり、アニメ作ったり、夢があるの!(>ェ<)