書店で涙ぐんでいた彼女が読んでいた本は

本好きの人は、書店に入った瞬間から明るいオーラを放つ。感情が解き放たれ、自分が意識していなくても、きっと静かにテンションを上げている。テーマパークに足を踏み入れるときのはやる気持ちにも似ている気がする。
書棚に並ぶ背表紙の向こう側には未知の世界が広がり、ワクワクすると同時に、少したじろぐ。文学も哲学も科学も歴史も医学も建築も心理学も宇宙のことも……世の中には自分が知らないことが、こんなにもあるのだと。

知識や情報の大海に放たれ、棚から棚へと移動する大型書店もいいけれど、本の並べ方やセレクトに「これを届けたい」という気持ちがあふれ、創意工夫を感じる小さな本屋がある。そこに来る本好きは物静か。明るい孤独のなかで、それぞれ手にする本の世界にひたり、満ち足りている。

本を手に涙ぐんでいる女性がいた。見てはいけないものを見た気がして、通りすぎた。さりげなく様子を見ていると、やがて彼女は読んでいた本を持ってレジへと向かう。泣いた痕跡を消し、満ち足りた、凛とした表情、迷いのない足取りで。

彼女がいたのは絵本コーナー。この店にはオトナが思わず手に取りたくなるような洒落た表紙だったり、子どもが自分で読むだけでなく、親子で読むのにふさわしい絵本が多い。彼女が手にしていたのは、人の命や死について、親しみやすいイラストとユーモアと豊かな想像力で描かれた本。ページをめくるごとにいたわりや救いを感じた。

大切な人をなくした経験があるのかもしれない。彼女の推定年齢からそんな想像もする。抱えている事情がどうであれ、その本の思いはたしかに彼女の心を動かした。がんじがらめになって停滞していた感情が、涙を流すことで少しほどける。この本を作るのに関わった人たちに、その光景を見てほしかったなと思う。とても小さな出来事だけど、そんな‘幸せな出会い’が本屋さんには日々ある。

気になる本のタイトルは『このあと どうしちゃおう』でした。

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