これらは2022年のものですが、いくら男性キャラクターが気に入らなくても、誕生日を祝う投稿にまでnobody wanted thisだのshitだのsadだの、直接つけるのは常軌を逸しています。私はこのような行為に断固反対します。作品批評自体は尊重されるべきですが、キャラクターヘイトになったらそれは違うだろうと。
【参考となる投稿】
――そもそも京アニ自体、信頼できるのか?
アニメ制作会社「京都アニメーション」(以下、「京アニ」)の代表作であり、なおかつ出世作のように目されている『涼宮ハルヒの憂鬱』は、ミソジニーがけっこうきつい作品でもあります。
上記引用部分のパソコンを入手する流れは、アニメ版でもだいたい原作通りに映像化されており、典型的な女性蔑視構文です。
何故、『涼宮ハルヒ』シリーズを京アニの代表作として挙げる固定ファンが後年にも多いのか、思考停止せずに考えてみる必要があるでしょう。
固定ファンが多くなってから以降は原作を弄りまくる(そのくせ面白くもない)ことが作風化していった京アニですが、作品には若年者を性的モノ扱いする描写などがよくありました。『涼宮ハルヒの憂鬱』の内容にしても、機械的に原作を再現しただけというわけでもなく、京アニという会社からすると初めからそう大して違和感がなかったのでしょう。
と、そこまで書いて、『ツルネ』(2018年~2019年第1期放送)という女性ターゲットアニメにもかなりイライラさせられたのを思い出したので、ちょっと見返してみました。
あるメインキャラクターが昭和男の価値観で女語りをしており、第1話こそたしめられていたものの、その後には、「小姑」発言だの、すぐにそれが肯定的なキャラクター造形へと切り替わっていて、やっぱり気分が悪くなりました。顧問の先生の「弓道に男女の区別はない」というセリフは何のためにあったのでしょうか。
そして、第3~4話の「下僕」シャツを着せている描写が常軌を逸していてドン引きしました。やっぱり京アニは倫理観がおかしかったです。
しかも、グッズにしていました。人権問題を考えたら、こういうの着せるの、まったく笑えない…。