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私と母はよく揉める。
というより、
私が母に対して一方的に腹が立ってしまい、
時にそれを本人にぶつけてしまう。



母とは18年一緒に過ごしたが、
私にとってはとても苦痛だった。

良い思い出がないわけではないけど、
物心ついたときから
当たり前のように手を出されたし
(物もしょっちゅう)
「死ね」「産まんかったらよかった」
「生まれて来んかったらよかったのに」
と言われる日々だったので
嫌な思い出のほうが圧倒的に多く
(脳はポジティブよりもネガティブを
よく覚えているらしいので
当たり前と言えば当たり前のこと)
つい2年ほど前まで
母のことを考えたり、
母から連絡が来たりするたび、
はらわたが煮えくり返って
奥歯が痛く、呼吸が荒くなるくらい
母のことが嫌いだった。

母とのことはまた書くとして、
そのような過去の怒りや憎しみを手放した…
というか過去の自分を癒した最近でも、
母に対してはLINEのやりとり等で
よく腹が立ったりする。


昨日もまた
子育てに関する話からの母の発言に
イラッとしてしまい、
「応援してるって口だけやん。
そんなんいらんねん」というようなことを
言って(返信して)しまった。

過去の自分を癒したとはいえ、
自分の状態が悪くなり、
特に子育てのことになると
「偉そうに口出してくるな。
自分だってろくな育て方しなかったくせに!」
という気持ちが出てくる。

私がぶつくさ言い出すと、
母は決まって既読スルーする。
普段はそのまま冷却期間に入るが、
昨日は怒りが収まらず、母に電話してみた。

なぜか、隣にいた娘の顔を見せようと思って
テレビ電話で。
(今でもなぜだかよくわからないが、
電話越しに怒りをぶつける母親の姿を
娘に見せるのが怖かったのかもしれない。)

私が母に怒るとき、私の頭に浮かぶのは
私に暴言暴力を振るっていた若き日の母だ。




テレビ越しの母はしっかり年を取っていた。
最近も会ったし、珍しくもないのだが
画面に顔が映ったときに
「老いたな~」と思ってしまった。

普通に電話に出て
「あんたのこと応援してるんやで~」
とまた言う老いた母。


あんなに腹が立っていたはずなのに、私は
「ばぁばはいじわるやなぁ~」と
娘に嫌味ったらしく語り掛けるように話して、
普通に世間話をし、
「きつい言い方して悪かったな」などと
謝ってしまった。


顔を見ると余計に腹が立つかな…と
思ったのだが、老いはずるい。
怒る気力もなくなるのだ。

「ろくな育て方しなかったくせに!」
と思っても
「あれがこの人の精一杯だったんだろう」
「この人をいつまでも責めるのは
かわいそうだな」
と思えてくる。

美談にするつもりはまったくないのだけど
「応援してるで~」に対しても
言葉にはしないけれど
「ありがとう」と心強く思ってしまった。



母とのことはまた書きたいと思う。

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