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珈琲



『あなたって 珈琲みたいな人ね』

彼女はその言葉と一杯の珈琲だけを残して

僕の前からいなくなった

彼女が言いたかったこと

彼女が伝えようとしたこと

僕には見当もつかない

目の前には 

彼女がいつも珈琲を淹れてくれたドリッパーが

寂しげに傾き 置かれている

淹れたことのない珈琲

飲むだけだった珈琲

気付けばいつもそこにあった珈琲

彼女が好きだった珈琲


お気に入りのビンの蓋を開け 

気分に合わせ数種類の豆を選ぶ

ミルでゆっくりと 丁寧に豆を挽き

ほのかな香りを楽しむ 
 
ミルから生まれた粉末をドリッパーに落とし

お湯を注ぎ 蒸らしの時間にまた香りを楽しむ

インスタントでは作り出せない空間

彼女は手間を惜しまず

その全てを 僕に与えてくれていた

それなのに 何一つ気付くことができなかった

当たり前に在る珈琲

当たり前に在る彼女

当たり前に在る日常

当たり前の約束など一つも交わしていないのに

僕は勝手に夢を見続けていたんだ

彼女の淹れる珈琲の味も

彼女の残した言葉の意味も
 
僕は何も知らなかった


僕は馬鹿だ 

大馬鹿者だ

だから 僕は

偽物の珈琲を飲み続けていく




#自由詩 #詩 #こころのなか #こころのこえ #創作 #珈琲

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