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友の悲劇。

 社会迷惑な事件を起こした若者がニュースで報道される時、たまに昔のクラスメイトがコメント要員として取り上げられる。「クラスのムードメーカーでしたよ」とか「目立たない存在でしたね」とかいう、どちらかというと当たり障りのない他人事を意味なく呟いているようなコメントだ。
 どうしてわざわざ生声を収録しなければならないんだろう。当時そんなに関わりがあったとは思えない、たまたま級友だった人たちの声を。さも犯人像を浮き彫りにするみたいにして報道されるけど、ちょっと無責任すぎはしないかな。

 そこで、事件を起こしたのが親友Aという仮定のもと、コメントを組み上げてみようと試みた。ニュース報道に至る下地として、事件後逮捕前から時計が動き出す。
「とうてい逃げ切れるものじゃないんだ。四六時中アパートを監視されているし、やらなきゃられる」
 嘘がなく趣味があう親友Aがこれまで出したことのない絞り出すような声で、スマホの向こうから語りかけてくる。切羽詰まった状況で、やつはスマホを固く握りしめているのがわかる。だけどどれだけスマホを握る手に力を込めても、しでかしてしまったことは握りつぶせない。このままでは親友Aは身元を隠す黒線の目隠しとアルファベットが取れて、逮捕後、実名を公表されてしまう。
「自主して警察にかくまってもらえばいいじゃないか。自主なら刑も軽くなるっていうし」
 たとえ親友でも、やってしまった悪事に目を瞑ることはできない。だけど親友だけに、自分で破壊した人生の欠損部分は自分で穴埋めして欲しいと切に願った。
「ダメなんだ。やらなきゃ、損失は親が肩代わりすることになっている。誓約書を書かされたんだよ。親にバレてしまうし、訳のわからないお金も支払わせてしまうことになる」
 親友Aはスマホを固く握ったまま、頭を抱え込んでしまった。
「誓約書だって? そんなもん、なんの拘束力もないだろう。おまえだって知っているじゃないか。ぼったくりバーの請求だって実効性がなかっただろ。それと同じだってば」
 わかってくれと願いながら、説得に力を込めた。
「そうだな。そうだったな」。親友Aは張り詰めていた気持ちを解いて、悪の触手からひととき逃避したみたいにため息をついた。
 あの時はうまい具合に悪の触手をかいくぐり、事なきを得た。騒動が大きくなったおかげで、ちょうどぼったくり摘発で巡回していた警察官が騒ぎを聞きつけ駆けつけてくれたのだった。
 だが今回は、特殊詐欺摘発の警察官は巡回していない。捕まえてもらうには組織はあまりに大きく、組織にとっての不安の種は用意周到に潰されていた。
「わかった。少し考えてみる。気持ちの整理がつけば、どっちに転んでも覚悟できると思う」と親友Aは言った。
 間違うなよ、そう言おうとした刹那、電話は切られた。

 翌朝、ニュース番組で親友Aが実名で報道された。間に合ったのか? それとも。

 報道直後に、どうやって電話番号を調べたのか、テレビ局から連絡があった。
「○○放送と申します。××さんでいらっしゃいますか? お忙しいところ誠に恐縮なのですが、少しお時間いただけないでしょうか? Aさんのことで。仲がよろしかったという話を聞いたものですから。いや、お手間は取らせません。学生時代のAさんですが、どういった方だったのでしょうか?」
 おそらく情報収集のADが指示を受けて電話してきたのだろうが、矢継ぎ早で有無を言わせぬ連打の質問責めにさすがにカチンときた。
「あの」
 それだけ発して間を置いた。
 初めて遭遇した切り返しにADは戸惑ったのだろう。連射の質問攻めが一瞬止む。そこに一撃。「まだあなたに割ける時間があるかどうか、答えていませんでしたね。あなたさまのお名前もうかがっていませんし。それに出社前の効率を圧縮したみたいな朝の時間に対応できるだけのゆとりはこれっぽっちもございません」
 荒くなった鼻息を極力抑えて答えていた。
「じゃあ、何時くらいであればよろしいでしょう? こちらからまたお電話を……」

 五徳で使うオイルランプは、蓋を被せて炎を消す。蓋を閉じれば火は間違いなく消えるのだ。スマホのOFFボタンという蓋を押す。ADの声はたちまち立ち消えた。スマホからは、出るはずのない消化後の煙が立ち昇っているようだった。この煙は、どんな意味合いで社会に狼煙をあげるのだろう。
 夕方のニュースで「逮捕されたAの親友と言われる方に連絡をとって、Aの幼少時代を訪ねましたが、親友と呼べるほどの友人はいない寂しい子供時代を過ごしていたようです」と報道された。
「はあ?」
 マスコミは、必要不可欠な取材をして有益な報道を取捨選択しニュース時間を満たしているのじゃない。報道時間を満たすためならなんだってやる。
 そのことを思い知らされるに終わった。
 狼煙は虚しく空に登っていき、一縷の寂しさを漂わせて消えていった。


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