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クルナ地球人。

 順序立てて書き記すことなんてできない。そもそもどこが始まりかなんてわからないんだもの。生まれて目を開けたらいきなり高速道路を運転していたみたいなものなんだから。そのようにして私は助走をつけたひと蹴りで今、宙に浮かんでしなしなと、へなへなと進んでいる。
 水金地火木土天海、その3番目の惑星地星で私は大地を蹴ってそらの上からふわふわしながら天体を見下ろしている。ひとひらの命はそのようにして消えゆく儚い目撃者となる。

「意識は夢?」
『なぜそう思う?』
「だって私が目を覚まさないようになってしまったら、私が知ってきたすべてが無くなってしまう」
『無と化すと意識できているうちはおまえの現実だ。問題ない。おまえが意識できなくなったとしても、あまたの観客の客観視された現実は残る』

 足下に天に空いた穴のようなものなんてあるはずないのに、何かよからぬ兆しを顕すように、はるか下方に紛れのない天蓋があった。上と下の概念が甘く緩んだのは、重力がテーブルクロスを抜き取るみたいにして消えていたから。それでも上下不覚になったはずの私は、地と思われる底のほうへと落ちていく。
 それとも、ただ向かっているだけなのか。だとしても心情的にはベターでは決してなく、ワースの予感が膨らんでいく。自ら掴み取る新しいチャレンジなら期待に胸も膨らませようもあるけれど、切羽詰まって押し出されるように現れる新しい現実はいつだって重く、膨らませるべき期待への胸を萎ませる。

 確かにこれまで地球は見上げる小さな星のひとつとして存在しているのではなかった。見られる側ではなく、見る側にいたんだもの。地から見上げる星々、そして大地は巨大な球を意識させる緩く広大な弧を描く地平線で包まれていた。地球が地星ではなく地球と呼ばれていた所以。
 大きさの相対的尺度から太陽と月は別格で、その名に『星』を付さなかった。

「さらば地球よ」
 宇宙戦艦ヤマトの世界が現実になるとは思わなんだ。ストーリーが漫画と少し違うのは、冷戦は均衡を保つどころか雪解けの春を迎えて友好の握手を双方求めたのに、間に合わなかったという点だ。人類同士でいがみあっている場合ではなくなったからね。温暖化に歯止めはかからず、天災が世界各所の原発を襲ったことがコトの発端だったんだよね。世界各国で頻発するようになった、打ち上げ花火のような原発の炎。戦うべき相手は原理原則経済主義の相違による打倒すべき敵国ではなく、理屈云々を並べる前にやっておかなければならない生命維持の基礎土台の整備ーーそれを破壊し続けるものになったんだ。起こってしまった事態への対応にも緊急を迫られた。
 だけど人類ときたら、隣国を滅ぼすだの攻められても反撃するだのといった軍事ばかりに気を取られていたものだから、知恵袋の余白に『救済』を入れ込むことをすっかり忘れていたんだ。

 時すでに遅しの結果がこれ。
 ひとりにひとつずつ、地球脱出用防護服。宇宙をふわふわ、しなしな漂って、命を賭した火星への壮大なサバイバル・トライアスロン。

 松本零士先生は人類に「必ず地球に帰ってくる」と期待を込めてくれたけど、間に合わなくなった地球には戻ることはできないよね。イスカンダルに行けるわけでもないんだもの、割れた陶器は二度と同じように元には戻らない。

 地球の大地が遠ざかっていく。輪郭が球に見えてくる。月ほどの大きさまで小さく見えるようになれば、あとは急激に夜空の星の一粒みたいに小さくなっていくだけだ。

 地球が地星へ。

 代わってデカくなっていくのが火の星。火星が地球に代わって火球になっていく。

 こんにちは赤い星、赤ちゃん。梓みちよのモノマネしたってちっとも笑えなかった。

 順序立てて話すことなどできない。一笑に付せないリアルな悪夢は、近い未来の地球の成れの果てに思えて、何度も何度もこだましては鳴り止まずにいるもので。

 願わくば、成れの果ての荒野と化した地球の大地に十戒の海のような裂け目を走らせて、そこからヤマトを発進させてちょうだいな。それがせめてもの救いなんだよ。

 どうぞ今夜の夢でハッピーエンドとなりますように。夢の続きは安眠できる上等な枕の上で。


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