見出し画像

【二輪の風景- 14】雨の日も想う。

 大人のキャンパーは、焚き木で夜空を見上げたあと、リゾートホテルのふかふかベッドで眠りたい。寝袋や簡易ベッドでは、家に忘れ物をしてきたみたいで気持ちが削がれてしかたない。これまで野趣あふれる寝泊まりも経験してきたさ。サバイバル気分を自然の懐にぶちこんで、フクロウの『夜更かしの歌』を聴きながら眠りにつくなんざ、都会暮らしのタフもどきにとっちゃ、小心者最大の冒険だったさ。
 だけど、いちど味をしめてしまったら、快適の足場はレベルアップする。モスバーガーを食べたことがあるのなら、スーパーのハンバーガーでは満足できなくなるのと同じように、欲求は上へ上へと伸びていく。

 キャンプ同様、大人のライダーは走りの愉楽を、顔も天気も晴天のうちに締めくくりたい。だから雨が降る日にバイクは乗らない。最初から雨が降っている日には、絶対にバイクを車庫から出さない。降水確率が30パーセントは微妙だ。それ以上なら無理をしない。冒険してずぶ濡れになってしまったら、残りの人生を棒に振るくらいの後悔に苛まれる。

 グランピングの快適さには心を惹かれるものがあるけれど、完成された空調を武器に、一面ガラス張りの窓いっぱいに広がる大自然のパノラマを手中に収めたホテルの近代的設備と得られる優越感には敵うまい。快適が上質であることが大事なのだ。だから雨の日にはバイクに乗らない。バイクの旅で濡れると、せっかくの上機嫌が粗悪にとって変わられる。防水服を着込んでまで乗ろうだなんて思わない。雨具は装備を増やすだけだし、濡れたら後始末にも手間がかかる。雨具があってもバイクは濡れる。濡れると泥を拾う。汚れると洗ってやらなければならないし、綺麗に洗ってやったとしても完璧に乾かさなくてはならない。めんどうだし、時間がかかる。水アカが残るリスクも生じる。めんどくささに輪がかかり、憂鬱な眩暈がこだまする。

 雨の日に乗らなければ、抱え込まなくてもいい苦労を背負い込まずに済む。あえて煩わしいことに首を突っ込まないのが大人のなせるわざなのだ。

 少しくたびれてきたライダーにとって、ゆとりの快適アウトドアは譲れない。快適を否定する要素が生まれたら、その時点で潔く。
 いやなに、きっと本当にくたびれている。それを証明してみせろと言われても納得してもらえるかどうかわからないけど、くたびれたことにしておけば体裁が保たれるので、そのように説明することにしている。

 渡る世間には、鬼のような雨嵐が吹き荒れている。まるで社会は試練の土砂降りでできているんだよと教えてくれているみたいに。経済活動の渦中にいては、泣いても笑っても結論を出して前に進まねば許されない。修験者のように痛みと苦しみを抱え込み、見返りを少しでも多くもらおうと歯を食いしばる。でも、経済活動からはずれた趣味領域にそんな苦労を持ち込みたくはないんだ。寝袋は寝返りを打てば痛いし、テントは予算をケチってしまったせいで狭苦しい。だから泊まりはホテルで決まり。

 雨が続くシーズンは、バイクはお休み。それでも予報が大きく期待を裏切り、じめつく雨の予定が燦々太陽にとって変わることがある。梅雨の気まぐれは女心なのだ。空梅雨ってこともあるけれど、梅雨時の予報は当てにならない。ある時とつぜんに態度を翻し、嫣然えんぜんとそそのかしてくることがあるからね。スリットからのぞく美脚のような晴れ間が空に広がり始めたら。
 室内着をライディングスーツに纏い変え、鬼の居ぬ間に命の洗濯。

「今日の今日で申し訳ありませんが、今晩ひと部屋空いてます?」
 泊まるのは、当然、スリットが似合う美女と連れ立って行くリゾートホテル。

 あ、大丈夫。バイクにドレスの女は乗せない。ドレスは持参、ホテルで着替えてもらうから。
 あ、美女の予定はどうなっているだろう。ちゃんと確かめておかなくちゃ。
 その前に、連れてく美女を見つけておかなくちゃ。

 しとしと雨はガラス越し。旅への想いもガラス越し。越えられない壁に阻まれて、思いだけが道の先を走ってる。

【♪日本のどこかに私を待ってる美女がいる】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?