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エアコンの冷風が消えた日。

 窓は、確かに前夜から開かれていた。エアコンの吹き出し口から送られる冷風に引けを取らない確かさが外からの風にあった。思えば長い道のりだった。梅雨が気温に湿度を混ぜ、不快指数を上げてから、窓は閉じられ、代わりにエアコンの送風口が開かれた。あれから優に四半期を超えていたのだ。
 1日のうち長い外出時間を除けばずっと冷風は人工的に造られ続けてきた。渦中にあっては、よもや昼夜ぶっ通しの熱帯地獄が終わろうだなんて微塵も考えられないことだった。気温は下がることなく生きとし生けるものから汗と疲弊を引き出し、そのまま地球軌道をひとまわりして休む間もなく翌年の夏に突入するものだとてっきり信じ込まされるところだった。
「暑さもあと1週間です」
 気休めにしか聞こえなかった先週の天気予報。当てにならない予報がこれほどドンピシャと的を射たのも珍しい。
 人は暑さを喉元過ごして忘れようとしている。かくいう私もそのひとり。
 予報は日中でも30度には届かないと言っている。今日のところは疑問を挟むことなく信じてやろうじゃないか。
 冷風を送る窓に近づき、陽の光が侵食してくる日向に手を伸ばしてみた。鋭く見えた光は開いた手のひらの上で細やかに跳ね、乾いて散っていった。
 太陽も秋の風にクールダウンを強いられたのだと思いがいたった。陽の光が冷えていく。これでもう、と、そこまで考えて思いとどまった。夏は思いもよらないところで豹変し、ぶり返す。
 油断はならない。
 それでも、秋をまとった外気に、もう少し身を委ねていたかった。
 

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