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それぞれの恋の行方。
ナオミはマイケルの膝に乗り、さわりあっている。親友のヒロコは早々と結婚したタケルとダイニングでワインに合うつまみを作っていた。新宿のスィートルーム、2ベッドルーム、リビングは豪華。それが当日割で驚くほど安くとれた。28階の窓からは、小さな街に落ちた光の大群が都庁舎の向こうでちょろちょろと蠢いていた。
ナオミとヒロコは同じ女子大を共に卒業した。ナオミは就職して2年。ヒロコは就職1年で寿退職。
ひとり娘のナオミを両親は心配していた。頭のいい子ではあったが、よくきく機転を勉学にではなく、違うところに使うところがあり、それが気がかりだった。
好奇心は人一倍強く、異性への関心はその中でも飛び抜けていた。かなりお盛んな娘であった。
大学時代にはあまたの浮き名を馳せ、「昨夜の収穫」、授業が始まる前、ホテルから登校したナオミはよく黒板に使用済みのコンドームを貼り付けて鼻を高くした。
本人は得意げでも、それを面白がる者は少数派だ。この国では本音の境界線を越える亡命は御法度で、越境を許容する文化はない。体裁であろうが羨望があろうが、たとえ見せかけであろうともそれを錦の心で包んで見せなければ尊ばれることはない。本人の驕慢は、他人には卑下の対象にしかならなかった。
世間の目が見えていなかったわけではない。ナオミは多くが陥る同調圧力になびき、人形焼きみたいな烙印を甘んじて受ける生き方をしたくなかっただけだ。だから自由の国アメリカで暮らしたい。アメリカへの移住願望の火種はこんなところにあった。
早く落ち着いてくれれば安心できるのだが。
ナオミの両親の願いはこれまで幾度となく空まわりしてきた。
そのナオミが今夢中になっているのはセントルイスからの交換留学生マイケルだった。できうるならば彼と結婚したいとナオミは思っている。籍さえ入れてしまえば、マイケルの滞在期間が終わると同時にアメリカ暮らしが待っている。願ってもない展開だった。ナオミの結婚願望は、少なからずの計算の上で成り立っていた。
マイケルにはナオミの魂胆がわかっていた。それに、ナオミは男遊びがすぎる。マイケルもナオミに恋に落ち、好きになったからこそたくさん求めたけれども、生涯を共にできるかどうかは考えるまでもなかった。
籍を入れたらどうなるか。アメリカ暮らしが始まったとたんにナオミは自らの糸を切り、違う男に向かって飛んでいく意志をもった凧になる。それに、いくら自由恋愛のアメリカで育ったとはいえ、ナオミのそれは度を過ぎていることを知っていた。
それでも別れられなかったのは、日本という異国で男鰥では寂しすぎたから。人肌が欲しかった。魚心に飛び込んできた水心がナオミだった。
「ナオミとは恋人の関係でいたいんだ」マイケルはそのスタンスを崩すことはなかった。それでもナオミは諦めようとはしなかった。トム・クルーズ似のマイケルは、金髪ということもあり、連れて歩くと映えることも理由だった。体裁はナオミをひとときの女王に仕立て上げる。ナオミは、羨ましがられることで、女の真価が発揮できる、彼女はその身勝手な主張をずっと貫いてきた。
「おじちゃんにそろそろ」とダインングに立つヒロコがナオミに声をかけた。心配するナオミの父親への算段を実行に移す時間だった。いつものことだ。
「そうね。頼むね」とナオミは答えた。
ナオミがスマホを取り出すと、短縮で自宅につなぐ。マイケルにも慣れっこのことだった。会話の最中は、くしゃみのひとつも出してはいけない。
トゥルルルル。
2回のコールで受話器が持ち上げられる。
「私だけど」「うん、そう」「それでね、今夜だけどヒロコのところに泊まっていくから」「うん、そうね」「わかってる」
親子の会話が行き交う。そろそろいい頃合いだった。
「だいじょうぶ? 代わろうか」とヒロコが大きめの声でアリバイ作りに加担する。声はスマホを通じてナオミの実家に届く。ヒロコのいつもの声に、不穏の気配がないか探っていたナオミの両親が気を緩める。両親はまさかヒロコがグルだとは少しも疑っていなかった。ヒロコはヒロコでナオミと持ちつ持たれつやってきた。尻尾を捕まえられぬよう、バレる可能性のある要素はことごとく相手に委ね、真理の追求者をケムに巻いてきた。
「ヒロコに変わる?」平然とナオミが親に問う。姿の見えないことをいいことに、ナオミはマイケルのシャツの下をまさぐっていた。
「うん、わかった。ヒロコに伝えておく」で電話を切る。ちょろいもんだった。
ヒロコがキッチンから親指をぐっと突き出す。「グッジョブ」
ナオミが同じ所作をヒロコに返した。
マイケルの右手がナオミのブラウスの下に潜り込み始めた。アンモラルな行いは、その気に油を注ぐ。ナオミから甘い吐息がひとつ漏れると、息づかいが荒くなった。瞬きが誘っていた夜景の蠢きがだんだん気にならなくなってきた。カーテンは引かれていない。だけど帳はすっかり降り切っている。
マイケルとの証は人目にさらさない、だって遊びじゃないんだもの、そう思いながらナオミはソファに倒されるがままに体を横たえていく。
気を遣って、ヒロコとタケルはつまみ作りを切り上げ、ベッドルームに向かった。
部屋の明かりを落とすと、2人は沈みきらない星の浮かぶ夜空に、ひとつの蠢く影となって浮かび上がった。
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