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仕事って何?

「仕事とはなにか、か。
 君は難しいことを簡単に訊くんだね。

 そうね、たとえれば、遊びに行ったおうちの食器棚に、洗い終えた食器を戻すようなもの、かな。人ん家だから初めての食器棚ってことになるんだけど、どの器をどこに戻せばいいのか躊躇ってしまうでしょ。どの食器がどこに収まるのか、皆目わからないわけだから。

 同じ食器が棚に残っていればその上に重ねればいいということはわかるだろうけど、空欄なところは君に問いかけてくるよね。そこにどんな答えを持ってくる? って。
 当然のことながら予習なんてしていないから、答えようがない。もちろん空白が複数在る場合の話をしているわけだけれども。
 だって空欄がひとつきりだったら、迷う必要はないよね。最後に残ったピースを当て込めばいいだけのことだから。

 仕事とはこのようにして食器棚に洗った食器を、もちろん水滴を拭い取った後にってことだけど、戻していくようなものなんだ。
 ただし、最初のうちは、という時限の猶予期間としてね。

 頭で覚えなければならない初期段階は、正しく戻すことに集中することになるんだ。ベテランはルーキーがどのようにして仕事を覚えていくかを心得ているから、あたたかく見守ってくれるはずだよ。で、見守られながら戻すことに一所懸命になる。集中する。
 正しく戻すこと以外、なんにも見えないはずだよ。単純作業とはいえ、ポテンシャルの高い人材に与えられる試練だもの、そんなに容易い問いかけにはなっていない。作業はキャパシティを少し超えてるくらいのものが与えられる。
 そうさ、ある意味、意地悪をされてるってことになる。
 だから単純作業に見えるけど、渦中にいると仕事に追われることになる。
 すると、愛しの君しか見えません、恋は盲目、そんな感じに視野が狭まってくる。狭められるといったほうが正しいかな。
 このようにして仕事を反復していくことになるんだけど、体が覚えてくると、あるとき全体像を見渡す目が、まるで空にでものぼったように、作業を俯瞰できるようになるんだ。ゆとりってやつが生まれたときにね。
 すると今度は創意工夫フィールドに移行する。

 そりゃ見られているさ。上司の面々にね。コイツは果たしてどこまで深く物事を捉えているのかってね。試されるのさ。悪くいえば値踏みされるステップに突入したことでもある。

 乳母車に乗せられていた幼子が次第に知恵と微量ながらも筋肉つけてよちよち歩きできるようになったなら、さあ、自由に歩いてごらんよと、と突き放されるんだ。
 でもって、実は仕事の本番はここから。助走期間の修了は、応用編の入り口なのさ。

『さあ、ここに白紙のフィールドを用意しました。これまで培ってきた経験から我が社にとっての、ひいてはあなたをはじめとする従業員にとっての最適解を描きなさい。』
 君の心の掲示板に張り出される君への暗黙の司令が下される。

 初期段階の教育は、発射台の地固めなんだよ。行く先を間違わないための、ブレない土台づくりというわけさ。噛み砕いて説明すれば、魚屋家業の商売に刺身にツマは不可欠だからって野菜の卸に手はつけないでしょ? 餅は餅屋であらねばならぬ、ただしそんじょそこらの餅屋じゃ困る、ポテンシャルの高さを買ったんだもの、見返りを大きくした分、どうぞ気張ってくださいな、単眼の餅屋ではなく複眼の餅屋になってちょうだいな、と問われることになるんだよ。

 シンプルに生きたかったら、魚屋でも餅屋でも単眼のプロになればいい。でも君は複眼のプロを目指したわけしょう? ならば覚悟を決めることだよ。

 まずは食器棚に適正な食器を戻すことから。ここで問われるのは、ルーティンに仕事をこなすに終わるか、先を見据えて思考を積むか。さあ、君はどっち? てぇことなわけなのさ。
 たとえ単純作業でも、飽きを嫌って息止めて、思考も止めて黙々と時間を無駄に流すか、それだけに終わらないか。ふたつの違いは明らかに大きいぞぉ。

 仕事って、こんなようなことだけど。

 君は簡単に訊いてきたけど、仕事を説明するのはほんとうに難しいものなんだ。
 こんな説明しかできなかったけど、これでよかった? わかってくれればいいのだけれど」

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