見出し画像

波のまにまに。

 労働力はうねる波だ。高まりと沈み込みがあって、命は波のまにまに翻弄される小舟。

 新聞に、国民年金納付期間延長と高齢者労働の所得額確保の記事があった。長寿化と資金不足が定年までの労働力を延命しようとしている。昭和に55歳定年がまかりとおっていた話を耳にすると、狐につまままれた気しかしない。100歳時代の55歳なんて、人生の半分を寝て暮らすようなものだ。しかも今と違って、寝て暮らしても、美味い飯は食えるし、地方豪遊も夢じゃない。潤沢にもらえる年金に不足はなかった。
 年金は賦課方式で、現役世代が受給者の年金を負担する。少子化で分母が減っているというのに、割り当てられる分子は少子化以前のたくさんの人々に分配されるものだから、将来には暗雲が立ち込め、行く先は恐ろしいほど鋭利に先細っている。
 役職定年が60歳で、継続雇用でも65歳で雇い止めーー現行のこの制度では破綻は目前だった。

 そこで政府は懐刀のうちでの小槌で一太刀。

「出でよ、財源!」

 てなもんで「足りない金は、もらう側に負担してもらえばいいだけじゃん」と打って出た。

 労働力はうねる波に担ぎ上げられようとしている。担ぎ上げた古参の労働力に、雇い主は充分に与えよと、言うに易しで迫ってくる。

 問題は、そこで生じるタイムラグ。労働力に鞭打たれてがむしゃらに働いても、得られる収入もまたうねる波に弄ばれる。財源が過不足なく確保できるようになって初めて、甘い蜜が波の高みからぽたぽたとおしめり程度に沈み込んだ庶民の懐に落ちてくる。

 人は老いて子供がえりをする。老いて雛となり、与えられる些少のエサに喰らいついて、繰り返す明日に生きていく。

 いつから人生って心の渇きにおしめりを求めて彷徨うものになったのさ?

【目標、おいらは30年、あんたは100年】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?