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時の価値。

 幼少時、二十歳は頭上はるかの高みにありて、その雲は見上げても届かないほど遠かった。なのに、学びそっちのけで遊んでいたら、中学、高校、光陰矢の如し、滑り止めの大学でぐうたら適度に過ごしていたら、あれよあれよと成人してた。
 ハタチ、近し、恐るべし。

 2年後に迫った社会人人生、まだ遊べるさと惚けていたら、人生の波の早さは離岸流にも負けちゃいない。就職前線にさらわれて、慌ただしさの波状攻撃に巻き込まれ、荒れた海の沖合で浮き沈み、流れにまかせて浮かんでいたら、あれ? すでに三流会社の社会人。

 三十路は遠くにありて思うものーーとそこでも呑気を長閑に過ごしていたら、見上げていた三十路は気がつく間もなく通過して、すでに雲の下にある。通勤電車なら慌てて反転、元来た軌道をえっちら戻ることもできようが、人生のホームは逆走できぬと歯止めがかかる。そういやたまにニュースに顔を出す懲りない公道逆走老人は、戻れぬ道に未練があったか、積年のわだかまりをハンドルに込めて、ボケに乗じて人生の巻き戻しを図ったのじゃなかろうか? んな訳ないか。

 50で映画が安くなる。夫婦割ってか。そこでにやけるよこしま魂、「一緒に映画を観にいく仲になりませぬか」と迫った結婚前提交際も、申し出たそばから断られ続き。あれほど遠い未来だったはずなのに、男鰥おとこやもめは半世紀を折り返しても怒涛のごとく爆進中。立ち止まり、握った手のひら開けばシニア割りの案内チラシを握ってた。

 もうすぐシニアかと思うと、信じられなくもあり悔しくもあり、悲しくもあった。
 泣いても笑っても、すぐそこにシニアが迫ってる。そういやシニアまでの道のりは決して安易ではなかった。なのに経歴に落とせばA4用紙1枚にも満たない薄っぺら人生かあ。ああ、嘆かわしや、我がこれまでの生き様よ。

 なにくそ、社会で刻まれる経歴だけが人生じゃないやいと反骨精神かまして前を向く。そうせにゃ死人と一緒なんだわさ。
 そうだ。そうなのだ。そして、そうだ、と思い立ったなら、京都に行くものと決まっている。
 京都に行くには新幹線だ。その新幹線がシニア割使えばが安く乗れる。65になれば大人の休日、ジパング倶楽部、航空券だって当日運よく空席あればシニア特権料金さ。そんなむふふな妄想も、夢想は無常にも時の川に流されて、今ではこの手はしっかとパスを握ってる。

 未来時間は、目を細めて見ていた過去から、時空をひとまたぎに飛び越えてやってくる。落ちるな、落ちるなと念じた一本橋で、力めば必ず落ちるよに、意識したら最後、時間は容赦なく轟々と足もとまでやってきて、波が我が身を加齢の縁にさらっていく。落ちるな、落ちるな、1本橋が最後の難関、で、落ちて惨敗、試験に落ちた、紆余曲折がありましてやっとのことで取得した2輪免許も返納時期だ。

 振り返れば長いようでもあり、短いようでもあった我が人生。手のひら見れば刻まれてきた年輪がきっちり皺となって証てる。
ーーあの頃はハリがあったのにのお。
 そう、人生は水もの。放っていても循環させても、少しずつ枯れていくものなのさ。
ーーでものお、まるで昔は夢を見ていただけにすぎんような気がして来てのお。
 過ぎるのも一瞬、振り返るのもまた瞬きの間で通り過ぎる。思い出は最初から、長く時間を過ごしてきたと錯覚する幻だったのかもしれないよ。

 ただ、こんなことは言えると思う。人は終わりかけた時、やっと時間の価値に気づく。若くしても終わりそうな窮地に立たされれば同じことを考える。

ーー人は少なくともいちどは、終わりそうにならないとだめなのじゃ。

 手に取ろうと思った過去は、どれだけ磨いてきた腕をもってしても、手に取ろうと思ったものには届かない。とても残念なことだけど、それが現実というものだ。

 それでも、いい人生だったと言いたいよね。無駄な時間もたくさんあっただろうけど、総じて実のある人生を過ごしてきたのだと。
 時間に価値を見出せるようになった時、人はその現実にやっとたどり着く。

 ということで、お爺さんはとっても悔いたのだそうな。
 みんなはどう思うかな? 時間は大切に使わないといけないってわかってくれたかな。今こうしている時も、時間は流れているんだよ。四万十川や最上川みたいに。
 川は枯れないけれど、それは時間は終わらないということ。確かに君の言うとおり、たまに枯れちゃう川もあるけれど、おっきな川は枯れない。時間はおっきな川なんだ。
 洪水になって激流になる川、ですかぁ? でも時間は早くは流れません。終わらせようなんて思うのは早すぎます。大事に使わなきゃ。

(これだけ屁理屈の言える子供たちなら、一刻ごとに思いを込めていけるかもしれない。そう考えて、安心させてもらうことにした)

 わかった、わかった、でもそろそろ時間だから、もうおしまい。

「ずるい、先生は終わらせちゃう。そんなんじゃ、後悔爺さんになっちゃうよ」 

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