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【二輪の景色-16】泊まりにきたよ。

 大学を卒業してからずっと会っていなかった友がいる。お互い忙しかったもんね。金融商品扱ってると、お上に内緒でブラック残業、ちとこたえるけれど、キャリアアップの通り道。
「そっちはどう?」
 欠かさぬLINEのやり取りで、向こうは向こうで3年間の長期休暇みたいなものが収束し、超多忙なれど嬉しい悲鳴にてんてこ舞いの毎日だということは知っていた。
 いいことだ。旅館の若女将業も板についてきた頃だろうし、そろそろ行くか。

 銀山温泉は、東京からだと夢の先ほど遠くにあった。これまでトレーニングがてら積み重ねてきた週末の日帰りツーリングどころの話じゃなく、片道400キロ超。日帰りツーリングの倍近くを1日で走り切らなければならない。しかも苦手な高速道路がやたらと長い。体力は保つのか。ライディングの時間も相当長くなるし、私の技量で走りきれるのか?
 不安は尽きないけれども、これまでだってやれるか挫けるかの大勝負、どうにか切り抜けてきたんだもの、折れてしまうわけにはいかない大博打、やってやれないことはない。たぶん。

 ところが。出発したはいいものの、高速道路が想像以上に長いこと、辛いこと。風圧に耐え、最初の休憩、都心からまだ50キロしか走っていなかった。その後も30分走ってはへこたれて、ちょくちょくPAとかSAでひと休み。どんどん予定の時間に先行されて、早朝立ったのにまだ高速道路上で四苦八苦していた。

 いったい何時に着くのだろう。グーグルマップで調べたら5時間の行程とあったけど、それは走り続けた場合の所要時間。駄々っ子の試験勉強じゃあるまいし、こうも頻繁に休憩を入れてたら優に倍の時間がかかってしまう。ということは? このままでは夕食時間に間に合わない。きゃっ。

 人生は耐久レースというけれど、バイクの長旅はその縮図。なんだかバイクに真の忍耐とはなんたるかを教えられているような試練が続く。休息を入れては気合いを充填し、エンジンをかけ、またひと走りしてへこたれて。休んではもひとつひとっ走り、のち心がへこむ、へこたれる、その繰り返し。いつになったらゴールは見えてくる?
 尺をとって進む虫のように伸びては休む忍耐の道行き、お昼を過ぎてやっとのことで福島ジャンクションの分かれ道までたどり着く。陽は高く、気温もピークに達していた。高速道路走行はすでに満腹感があったのに、12時過ぎればお腹の虫が騒ぎ出す。
 仕事で来たんじゃないんだもの。もっと楽しまなければ。
 行程も半分ほどはこなしている。風速と高速走行の怖さに耐えてるとちっとも楽しくないから、もうちょっと走ったらいったん高速道路を降り、下道を走ることにした。
 休み休みの高速道路、1時間で走った距離は50キロ。この平均速度じゃ、日帰りツーリングの下道走行(田舎サイド)で稼げる距離とそう変わらない。高速道路を降りても、到着時間に大差はない。
 となれば、東北自動車道を仙台まで走って降りるか、東北中央自動車道に入り米沢郊外を走り抜けるか。伊達正宗公のお膝元を経由すれば牛タンが、上杉家ゆかりの米沢を経由すれば米沢牛が待っている。武将フリークの私は、迷った挙句、政宗様に軍配を上げ、仙台でランチをとることに。
 むふ。
 1人前をぺろり。追加のお肉もまたぺろり。
 お腹いっぱい、大満足。
 青葉山公園の騎馬像に交通安全の願をかけ、私は再び鉄馬上の人となった。

 仙台から国道48号線を西へ。途中までのどかなローカルの仙山線に沿って続く道は、急ぐでもなく(そろそろ急がなければならない現実に睨まれ始めたにせよ)私の性に合ったゆとり道。山形まで続く道はに渓谷あり、鉄橋あり、景観に恵まれたうえに適度なカーブが連なるバイクフレンドリxーな快適道。走行した距離から逆算して残り○キロと数えながら走る高速の忍耐道と違って、道と景色が織りなす目から鱗で心が弾ける楽悦楽道。

 山形がいよいよ迫ってきた。ということは山寺界隈まで走ってきたことになる。心なしか蝉の声が大きさを増したように思えた。暑さに、額から汗がまたひと雫、滴り落ちる。岩に染み入る蝉の声が流れた汗に呼応した。
 盆地の日差しはとにかく強い。暑さも尋常ではない。もっと小さな排気量のバイクだったら、エンジンから上がってくる熱もこれほどトライアスロン的ではなかったのだろうけど、バイクで長距離を走ると、か弱い私のか細い私の息はすぐ上がる。走りだせば熱は後ろに流れるし、アクセルのひと捻りでグインと飛び出すトルクの太さは、自分満足に欠かせなかった。
 バイクの排気量は1000cc。サーキットの勝負に目を釣り上げて走る戦闘的なかっ飛びバイクではなく、時代に置いていかれ縁側で日向ぼっこをするノスタルジックスタイル。その昔っぽいデザインがお気に入り。今はDUCATIの新車ラインアップから外れちゃったようだけど、気に入っているから乗れる限り乗り続けていきたいバイク。中古オートバイ高騰のおり、いつプレミアムがついて下取り価格が跳ね上がらないとも限らないしね。

 さあて、下道走っても、余すところ30分のところまでこぎつけた。まもなくだよ。本当に久しぶりだよね。待っててね。もう少しで着くよ。夕食にもどうにか間に合いそうだし、再会を楽しみにしているよ。

 尾花沢をかすめ、進路を北東に向けた。いよいよ大詰め。2車線が1車線になり、バイクじゃなかったら対向車に減速を強いられる狭い道に入った。山間に下る左カーブをおっかなびっくりゆらりと抜ける。その先に最終目的地が見えてくるはずだった。
 あった。今日のお宿は……あそこだ!
 銀山川を挟むように数々の旅館が川岸左右にずらりと並ぶ銀山温泉。温泉の人気ランキングで上位の選から漏れたことのない実力派。

「やっと着いたあ。お待たせ。泊まりにきたよ」
「まずは自慢の露天風呂へどうぞ」
 もちろん! 積もる話はとっぷり浸かってしっとりしたそのあとにたっぷりと。

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