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熱湯銭湯フリーク。

熱い湯の銭湯、温泉というものがある。
44℃とか45℃、あるいはそれ以上といった尋常ではない湯温の施設である。
そんなに高温で「公衆浴場」と呼んでいいの?

とある街に、マニアックな熱湯フリークの集まる温泉銭湯があった。熱湯のお風呂はたまに見かけるけれども、どこから見たってフリークとしか思えない面々が集っていた点で特筆できる。

残念ながら今は暖簾を下ろしてしまったが、その名を山内温泉、長生湯という。

浴槽は丸く深い。浴槽に立つと腰くらいまで浸かる。
湯船は小さくひとつしかないので、熱くて入れないとツブシがきかない。

これまで何度かツブシがきかず、湯に浸かることを諦めた銭湯があった。もったいない。でも、入る勇気もない。だから仕方がなかった。

横道に逸れてしまったが、そこは天然温泉。
とてつもなく熱い。

お客は通い慣れたふうで、湯に入るでもなく浴槽を取り巻いているだけだった。
どう見たってふつうではない。
慣れている。
愛でている?

手を入れ温度を確かめると、ニンゲンの入れる温度ではなかった。

それほど熱かった。

「水でうめていいですか?」とひとりに訊くと、全員が声をそろえて「だめだ」と言う。
ああ、この湯は熱湯フリークで固められた温泉銭湯だとそのとき気づいた。

「こんな熱くて入れるの?」と訊くと、がたいのいい男が湯を掬って足先からかけ始め、熱湯決死隊の先陣を切って湯船に身を投じた。

湯船に身を沈めながら「ほらね」のドヤ顔。
でも、見る間に肌が赤くなっていく。
沸騰した湯に入れたタコが赤くなるが早いか、男の肌は見る間に鮮烈な真紅に染まった。

「平気?」と訊くと「平気」と言う。口では涼しい顔をしていたけれど、肩が小刻みに震え出している。
その場にいたほかの面々は、やけにクールだった。それもそのはず、彼らは我が身でソレを楽しみに来ているフリークなのだから。

うーむ。
テレビ番組の熱湯風呂じゃあるまいに、こんな我慢大会に加わる気はないぞ!
入りあぐねていると、早々と熱湯から上がった男が、赤く染まった肌を入浴証明書みたいに誇示して目配せをしてくる。

次はお前の番だ。

語りかけてくる目は、入らないという選択は許してくれそうもなかった。

違うフリークの老齢紳士が、ご丁寧にも入り方をなぞって教えてくれた。

もう、逃れられない。

仕方ない。
やってみるか。
やってだめだったら、きっとそのときは許してくれるだろう。

教えられたとおり、足先から入念に熱さを慣らしていって、体に覚悟を決めさせようとした。
充分に助走をつけておくことが肝要らしい。

そして、ついに。
そろそろと足を浸け、息を止めて、えいやっ!

とぷん。

あっつーい。
赤くなるのと同じくらい手際よく熱さが身に刺さってくる。

数えなきゃ。
湯船に身を沈めたまま数を数えて体を温めなきゃ。
1、2、3、4、56789、もう充分!
おしまい!

てな経験をした。

暑くなった年の夏の出来事である。体を温める必要なんかハナから必要なかった。

絵は、女性で描いた。
少し細かく描いたけれども、のぼせるといけないので、一部自主規制を加えさせていただいている。

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