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勝手にプレイリスト 〜前置き〜

家の目の前で物々交換をやっていて、三島由紀夫の『レター教室』が出ていたので、パウロ・コエーリョの『アルケミスト』で交換してきた。
メッセージがついていて、なんだか嬉しかった。
わたしは何もメッセージもつけずに置いてきてしまったのが、ちょっと悔やまれて、わたしだったらどんなメッセージをつけるかなぁと考えてみたら、本に合う音楽のプレイリストをつけることかなぁと思った。

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話は横道にそれるけれど、超個人的な話が好きだなぁと思う。
なんでもない一般人の、なんでこの音楽が好きなのかとか、どんなときに聞いているのかとか、この本読んでたらパスタ茹でたくなっちゃうんだよね、とか。

ほぼ日の昔のコンテンツで、「恋歌くちずさみ委員会」という、恋愛にまつわる音楽を、思い出のエピソードとともに読者から募集する企画があった。
わたしはそれが大好きで憧れて、真似ごとみたいに、大学生のときに、仲の良い友だちからそんなに親しいわけではなかった友だちまで、5人くらいに大事なアルバムを1枚選んでもらって話を聞かせてもらった。ZINEにする予定だったけれど、形にするまでの熱意が足りなくて中途半端に終わってしまって、一人ぶんだけ、ほぼ日の編集講座に通った時の課題として提出した。plentyの『plenty』で話をしてくれた人の話を選んだ。改めて今読み返してみても、自分でも、何をやりたいのかがよくわかっていない独りよがりなコンテンツで恥ずかしいが、ほぼ日の編集者からの評価も酷評だった。

どういうコンテンツなのかわからない。
なぜ、こういうことを友だちに聞くのか。
お客さんに読ませる動機、
自分がやりたいと思う動機、
そのあたりが不明なので、
コンテンツと読み手の距離がずっと縮まらない気がしました。

なぜ本を読むのか、なぜ音楽を聞くのか、なぜ、人に好きな音楽の話を聞いたりするのか。

わたしは本の虫タイプではないし、知識欲や収集欲求が高い方ではないと思う。本を読むことで、自分の日常世界を生きるだけでは見えない世界を見た経験も、知り得なかった価値観を学んで思考が変化するような経験もあるけれど、わたしが本を欲する理由は、もっと身体的な理由で、本の中で書かれる情感を日常生活に持ち込んで生きていたいのだと思う。それは、自分の状況と照らし合わせて、筆者や登場人物に共感したいというのとは少し違って、「今まで気が付いていなかったけれど、本当はこういう感情・感覚をずっと持っていて、人間ってそうだよな」という自分というものからもう一歩深いところにアクセスしたいし、そうすることで、自分というものに少し現実感を持てるような気がする。

自分というものからもう一歩深いところのことを、村上春樹は「井戸の底」とか、「地下2階」とかいう言葉で表現するけれど、そのような場所から何かを拾い上げてくるときに、一発で言い表すような端的な言葉はないし、一生懸命言葉で紡ごうとしても、どうしても「掴めなかった」という喪失感が残る。そういうものを表せるのが、物語(単にフィクションというわけではない)や音楽やアートなのだと思うし、そうしたものについて語る言葉なのだと思う。なかでも音楽は、そのような感情・感覚を、より身体的に日常的に持ち越せるものだと実感している。だからわたしは、喉が乾いたら水を飲むように、深呼吸をするように、日常生活で感情に枯渇したり心が死なないように音楽を聞く。

そんなわけで、すっかり前置きが長くなってしまったのだけど、読んだ本に、自分で勝手に音楽のプレイリストをつける遊びをはじめようかなと思う。本で到達しそうな感情・感覚に近い音楽を選んで、相乗的に感情・感覚を集めてみたい。小説を読んで、この話のBGMはあの曲だわ、という想像は学生のときからしていたけれど、意識的にやったことはないので、なかなか楽しい気がする。

物々交換にくっついてたメッセージから思いついたので、せっかくだから、プレイリスト作るだけではなくて、本と一緒に友だちに勝手に送りつけちゃおうかなと思う。数は少ないけど、そういうことに付き合ってくれそうな友だちがいるのが、ありがたし。

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