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あの子は私 *並行story1.2

母と弟を出産でなくした。

当たり前にそこにあった優しい笑顔には
もう二度と会えない。

心にぽっかり穴が空いたように、葬儀を迎えた。

そしてずっと聞きたかったことを、
親戚達がこっそり話していた。

「本当の父親のところに、
  連れて行った方がいいんじゃないか」

小さい頃から、まわりに噂されていることは
分かっていた。私は父の実の子ではない。
そこで聞いた名前を、絶対忘れないように
泣きながら何度も何度も紙に書き記した。

それからの日々は、家事と勉強とで追われた。
勉強している時が唯一、
全ての辛さを忘れられた。

薪を運びながら教科書を読んだり暗唱したり、
家事の合間をぬっては勉強した。
月明かりやトイレの電球の下で
勉強したせいか視力が少し落ちてきた。
友達には二宮金次郎みたいと言われてしまった。

近頃では、畑仕事の合間に敵軍の戦闘機が
飛んでいるのをみかける。
すぐ草むらに隠れているせいか、
攻撃されたことはない。
世の中は不穏な空気が漂っている。

母を亡くしてからの私は、
看護婦になると決意していた。

そして、とうとう父に隠れて
海軍病院を受験した。

半ば家出同然で、山を超えて駅に向かうため
何時間も歩き続けた。
叔母にもらった僅かなお小遣いを握りしめて、
汽車に乗る。

まだまだ子どもの
弟のことが気がかりだけど、
父がいる。大丈夫。
何度も自分に言い聞かせた。

帰ってきた時、父はすごい剣幕で私を叱った。
終いには、「俺たちを捨てるのか!」
父は心の声を叫んでいた。
弟は父と私の間で泣いていた。

何を言われても、
私のこの決意は揺らぐことはなかった。

そして、その通知はやってきた。
海軍病院に受かった。

家の前の海を眺めにいった。
幼い頃から何かあると
決まってここで海を眺めたものだ。

母を亡くしてからも、ひとりここにきては
泣いていた。私よりきっと寂しい思いをしている
弟にみられるわけにはいかない。

この景色とも、もうお別れだ。

出発の朝、母に手を合わせ、
弟をしっかりと抱きしめる。
「いってくるね。 必ず立派な看護婦になるから」
父はそっぽを向いたままだった。

私の決意を理解したかのように、
弟はぐずりながらも
「姉ちゃん、たまには帰ってこいよ」といった。

村の友達や近所の人、
みんなが背中を押してくれた。

またあの険しい山道を歩かなければいけないが、
不思議と足取りは軽かった。

駅に着いた。もうすぐ出発時刻だ。
手紙を読んでくれたのか、
母の妹が見送りに来てくれていた。

汽車に乗ると、
私の名前を大声で呼ぶ声が聞こえる。

窓の外をみると、薄汚れた格好の男が
汽車の窓を1つひとつ覗いている。

父だ。

連れ帰られるのではないかと
ぎょっとしていると、目が合った。

窓に駆け寄ってくる父。

「いってこい。休みの日にはたまに帰ってこいよ」
そう言って、貧乏なわが家のありったけの
お金を渡してくれた。

本当の父が別にいることを知ってたからずっと、
育ての父との間に壁ができていた。
だけど、それは私が一方的に作ったものだった。

父は父だ。
彼はどうしようもなく不器用だけど、
誠実にまっすぐ、私を育ててくれた。

「ありがとう。必ず帰るね」

汽車は出発する。
新たな門出だ。


8割の真実と2割の想像