見出し画像

美しい人

彼女はとても美しかった

たとえそれが涙を流す時でさえ
ほんとうに美しかった

だから誰もが彼女をうらやみ
彼女がすべてを持っていると
勘違いして

彼女から全てを奪っていった

確かに彼女の美しさには
たくさんの人が見惚れていたから
もしそれが私の好きな人だったら
私も嫉妬していただろうか

いや、彼女の心があまりにも
美しく優しすぎるのを
知っていたから
そんな気持ちが浮かんだなら
自分を嫌いになっていただろう

「あんたは後悔しないようにね」

あの新月の夜
先生達に見つからないように
外を隠れ歩いていた私をみつけて
ロッジの窓からあなたは言った

とても悲しそうだったけど
そんな時でさえ
あなたはやっぱり美しかった

もう久しく
言葉を交わしていなかったのに
相変わらず、やさしい人だ

みんな自分のことで
いっぱいいっぱい
そんな頃だった

あなたは、
小さな頃から大好きで
やっと両想いになった
あの人を奪われた

あなたとは反対の
好戦的で、したたかな魅力を持つ
あの子に

あの頃のあなたもまた
絶望の中にいたのだろう

私は何もかける言葉を
見つけられなかった

あの夜、
窓から探していたのは彼だったのか
彼はあの夜、あの子といたのか

あれから、
あなたはあの街から出て行った

私もまた大切な人を失った

あなたの言った
「後悔しないように」を胸に
やれることは全てやった

あれから、
風の噂であなたのことを
よく耳にした

今こそやっと、
大好きな、信頼できる人に出会って
幸せに暮らしているらしい
私たちが生まれ育ったあの街で

彼女はきっと今も
あの美しくやさしい微笑みで
家族を温かく照らしているだろう

あの頃を思い出すと
必ずあなたを思い出す

今思えば、あの頃
誰にやさしく言葉をかけられても
ひとりぼっちになったように感じていた私に
唯一、残っていた言葉だった

あのやさしく、悲しい言葉が
あの暗闇の中でも
私を支えていてくれたからなんだろう

これから先の未来も
あなたに幸多からんことを