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鬼に追われた森で

あれは、
稲穂が刈られて、
短い節が田んぼに残る
黄金色の季節だった。

私たちはいつも遊ばないような顔ぶれで
鬼ごっこをすることになった。

公園の裏山に登る途中、
土地勘のない君が
どこへ行こうかとウロウロしていた。

「こっちだよ」

2人で裏山の上の墓地に行く。

そこには、500年前にこの地を治め、
悲しい末路をたどった一族の墓がある。

そのほとんどは倒れていたり、
草に埋もれているような
少し翳りのある場所。

山の中腹あたりから
足音と、かすかな声が聞こえる。

鬼だ。

「こっち」

思わず君の手をひっぱる。

裏山の抜け道を知っていた私は、
崖を降るような道に君を連れて行く。

獣道に慣れない君が、
後ろで斜面を滑り落ちそうに
なっているのを、そっと見守る。

「そこに足かけて」

「お前、よくこんなところを
 スラスラ降りられるよな」

ここは、小さい頃から慣れ親しんだ
庭のような場所。降るのはなんてことはない。

私たちは鬼に捕まることなく、
タイムリミットを迎えた。

あの日、獣道を2人で降りてから
私たちだけの秘密の時間を
持っているような、
そんな特別を共有していた。

それは、幼い恋心を芽生えさせるのに
十分すぎるものだった。
いわゆる、吊り橋効果に似たものだろう。

あれからの私たちは、
すれ違う時も、教室にいる時も
お互いの存在を意識するようになっていた。

目が合う度に、
少し時間が止まるような感覚。

恋とは不思議なもので
魔法の薬のようなものなのか、
世界の彩りを、目に映る景色を
あっという間に変えてしまう。

薬は効き過ぎると毒になり、
色んなことを疎かにしがちになったり
盲目になって
望まない結末をたどってしまうのだけど。

それでも確かに

あの日あの森の中で
君と過ごした時間は
今でも心の片隅に
眩しく、流れているのだ。