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この子は僕 *並行story2.1

あれは10歳の冬。

見慣れた景色が嘘のように、
人だかりと歓声と海辺に集まる大艦隊。

小舟に乗っていた僕に、1人の海兵が手を振る。
とうとう出港するのだ。

あまりの感動と衝撃と、
心の底から湧いてくる憧れ。

いつかあの場所に立つ。
この瞬間に僕の人生は大きく動いた。

幼い頃に父を亡くした僕は、
母の実家がある島で育った。

母の両親は早くに他界していて、
母の実家の大きな屋敷の横の小さな小屋を住居に、
兄弟たちと、隣に住む従兄弟たち家族と一緒に
生活していた。

父親がいないこと、家が貧しいこと、
様々な劣等感が幼心を蝕んでいく。
それと必死に戦う日々だった。

支えになる父の記憶といったら、
大地震の時に僕と姉を抱えて
外に連れ出してくれたものだった。
顔はぼやけて思い出せない。

ひとつだけ僕に残されたものがあるとするなら、
船の絵を描くことだ。
毎日、海に行っては飽きずに描いている。
幼い頃、父と一緒に描いたのが始めだと
よく母が言っていた。

この絵が僕と父との絆にも思え、
絵を描いている時は自然と心が安らいだ。
それでもずっと何かが足りなかった。

そんな時、あの大艦隊と1人の海兵に出逢い、
僕は人生を決めた。

そして13歳の春、
海軍の訓練生として入隊を希望した。

母は泣いて、叫んで、叱って僕を止めた。
それでも僕の決意は変わらない。
僕は国を守るために戦う。

出立の日、島から本土の駅に向かう船の中で、
母は何かを祈るように
僕のそばに寄り添っていた。
離れていく小さな島に、
もう一度戻って来られるだろうか。

駅の前は、これから戦いに挑んでいく
僕たちへの声援と家族の悲しみで溢れていた。

母が持たせてくれた千人針と、
父の実家へ1日かけて取りに行ってくれた米。
それと少ない荷物を持って、
出立の汽車に乗ろうとしていた。

見送りの人々の声援の中で、
行くなと叫びたくて泣き崩れる母と、
母と妹を抱き抱える姉。

僕はこの国を守る。
母さんやお前達を守る。
父に恥じない立派な人間になる。
そう決めたんだ。

汽笛が鳴る。

死への恐怖と憧れと家族への思いを握りしめて、
僕は故郷を後にした。

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半分の真実と半分の想像の物語