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傷ついた過去を救うのは、スーパーのレジ係?!真下みこと『かごいっぱいに詰め込んで』が見せてくれた、本当の明るい未来

 私は小学生のとき、男子に「お前の顔、岩みたいだな!」と言われたことがある。
今はもうその男子の顔も名前も覚えていないが、隣で友達がニヤっとしたことは、ものすごく鮮明に覚えている。私は岩と言われたことより、友達がニヤっとしたことがショックだったのだと、今ではわかる。

 先日読んだ、真下みことさんの『かごいっぱいに詰め込んで』が素晴らしかった。”普通”からはみ出した人々が、様々なきっかけを通して前を向く、明るくて優しい物語だ。短編集になっていて、とあるスーパー「フューチャーマート」を通して様々な人生が緩やかに繋がる。

 今回は、第二話「小さな左手」について話したい。これは、小さい頃のトラウマが軸になっている物語だ。

 主人公は、大学生の流花。彼女は小学生の頃同級生に「ぶた」と呼ばれ、いじめられていた。しかし当時の流花は助けを求めるのではなく、反抗するでもなく、”いじられキャラ”として居場所を確立してしまう。この経験から流花は、「痩せてひとりぼっち」か「太っていじられキャラになる」の二択の生き方しかできなくなっていく。

 「あれから流花はずっと、自分の体型を、自分を許すことができていない」「どうしてうまくいかないんだろう。太ったら友達ができるけど馬鹿にされて、痩せたら友達ができない」

真下みこと『かごいっぱいに詰め込んで』

 痩せて周囲から「きれい」と言われるようになった今でも、流花はずっと苦しそうだ。

 しかしある日、ふらりと立ち寄ったスーパーでレジ係から言われた一言によって、堂々巡りだった考えに少し変化が訪れる。多分流花はこの時、自分に待っているかもしれない明るい未来の可能性に気が付いたのだと思う。そしてバイト先でのある出来事がきっかけで、ついに自分の過去を救うための一歩を踏み出す。

 自分のトラウマに向き合い、それを克服することに、どれだけ大きな勇気が必要か、大人になった今ならわかる。一歩踏み出す勇気は、きっと一人でいても出てこない。正面から自分に向き合ってくれる、何かしらの存在が必要なのだ。それは友達かもしれないし、ふらりと立ち寄ったスーパーのレジ係かもしれない。「前を向きたい気持ち」と「きっかけ」があって初めて勇気が出るのだ。本作は、前を向きたいけど勇気がでない人が一歩を踏み出すきっかけになる本だと思った。

 「岩みたい」と言われたとき隣にいた友達とは、今は全く連絡をとっていない。あれからも色々あって、今では完全に絶縁状態だ。縁を切った当時の自分を誇らしく思う一方で、「これを読んで思い出したということは、まだショックだったんだな」とも感じた。傷ついた過去は、ちゃんと向き合わないと終わってはくれない。

 流花が作中でとった勇気ある行動はとてもかっこいい。世間的にはあまり褒められたことではないかもしれないが、流花にとってはこれ以上ないくらい正しい選択だったと思う。

 流花ほどのことは、私にはできない。でも、今まで見て見ぬふりをしてきた過去の傷ついている自分を、ちゃんと受け止めようと思った。それだけだって、私にとっては大きな一歩だ。

 前を向きたい、過去の痛みに向き合う勇気がでない、そんな気持ちに「こういう道もあるんだよ」と明るい未来を見せてくれる小説だった。


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