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11年間の片思いが音を立てて崩れた日

私には好きな人がいた。
一緒にいるとドキドキして何でもしてあげたいと思う様な、とても魅力的な人だった。

2年前に書いた記事を読むと、いかに彼の事が好きだったんだなぁと実感する。
今日までの11年の間、私も結婚をしていた時期や他の男性と付き合っていた時期もあるので、出会った当初はこんなに好きになるとは思っていなかった。
けれど、最後の3年間は彼だけだった。
彼じゃなきゃ嫌だった。

彼とどうなりたかったのか?
7年前に彼の家のベッドの中で言われた事が今でも頭の中に響く。

「おとちゃんはおれとどうなりたい訳?付き合ったり結婚したいとかなら、俺じゃないよ。他を探しなよ。」

そこで鈍い私は察する事が出来なかった。
当時の彼の真意としては「今、他に彼女がいるからお前とはセフレだぞ。彼氏欲しいなら別に行け。」だったのだ。
鈍い私は「俺は結婚とか向いてる様なタイプじゃないから。やめときな。」くらいにしか感じていなかった。
この勘違いが最終的に7年後に大きな爆弾として私達を破滅させた。



そこから程なくして、彼とのデートは彼の家から離れた立地にあるお店に現地集合し、その後はシティホテルへ泊まるスタイルに変わって行った。
きっと彼女が出来たのだ。
半同棲状態なのだろうか。
その1年間は一度も彼の家には呼んで貰えず、彼は朝方5時には私に声も掛けずにホテルから姿を消す様になった。
彼女のインスタの投稿には、度々彼とのラブラブ写真や彼の犬が登場している。
そして1年程した頃、その投稿が編集されたり削除され、また自宅に呼ばれる事が増えたのだ。
別れたのだと察した。


彼との距離が再接近したのは3年前の私の誕生日だった。
お祝いしようと言ってくれたその日は、フレンチを食べて、その後シティホテルに泊まった。
彼が着けていたお揃いのコードブレスレットをプレゼントしてくれた。
そこから月に一度のペースで、家で待ち合わせをしてから、その時の気分で食べに行くお店を決めて、犬の散歩をしながら出掛けた。
彼が経営する西麻布のバーで飲み、必ず彼の自宅に泊まる様なデートが続いた。
洗面台の裏にもシンク下にも化粧品がないのをチェックし、彼女がいない事を確かめた。

「私も彼女になれるかもしれない」

私はその時、彼の一番を狙えるかもしれないと感じた。
けれど、私の誤算は7年前の勘違いだった。
駆け引きをせずに、ストレートに「彼女にして。結婚して。」とアピールすれば良かったのだ。
彼には結婚願望がないと勘違いしていた私は、変わらずに「彼にとって都合の良い女」を演じる様になった。



彼の自宅にメイク落としやお泊まりセットが置かれる様になったのは2021年の夏頃だった。
ドライヤーのコードの巻き方や彼の下着の畳み方で、同じ人物が頻繁に出入りしている事が分かった。

当時の私は、「こちとて10年以上好きなんだ」と謎の自信を振りかざし、長期戦で臨めば勝てるものだと思っていた。
行くたびに増えている彼女の私物や、アパレル店のごとく整理整頓されたクローゼットの洋服たちに吐き気を覚えた。

今年の春の事だった。
彼の住むマンションは、まずエントランスのインターフォンで何号室の誰に会いに来たかを述べなければ入れない。
デートの待ち合わせの為に、彼の部屋へ行くためにいつもの様にインターフォンを鳴らして、コンシェルジュに訪問先の名前を告げる。
それと同時に彼からLINEが入る
「下まで迎えに行くからエントランスの外で待っててー」
怪しいなと感じる。
マンションのコンシェルジュに私の存在を気付かせたくないが故の行動の様だ。
「ごめんもう入っちゃった…」
と降りて来た彼に申し訳なさそうに伝えると、何やら気まずい雰囲気が流れた。
どうやらドライヤーの彼女は、かなり頻繁に出入りをしている様だ。


7月。
彼の誕生日だった。
誕生日当日に「おめでとう」と連絡をすると、この日は二日酔いで夜は何も予定がないと言う。
ご飯でも一緒に食べる?と言って貰い、彼の自宅で待ち合わせてからいつものバーへ行く。
店長のKさんが作ってくれた冷やし中華を2人で食べて早目に帰り、NHKの歴史番組を観ながらうとうとしてセックスをして眠りについた。
女が変わるとセックスが変わる、と言われる様に、その日はいつもと違うセックスだった。
ドライヤーの彼女にはこんなセックスをしているんだなと肌で実感した。


8月。
彼は夏休みを使って自転車で東京から熊本まで行く事に挑戦していた。
東京にある神社で自転車のお守りを用意したけれど、タイミングが悪く渡す事が出来なかった。
飛行機から見えた富士山が綺麗だったので、自転車旅行中の彼に送った。
「俺も今ちょうど富士山通過した。」
と、短い文章と富士山の動画が送られて来た。
同じ時間に富士山を見ていたかもと思うと嬉しくなった。


旅が無事に終わり、月末にデートが出来る日程を聞いた時に「9月かなー」と言われて「じゃあ私の誕生日の日はどう?」とふざけて質問すると既読無視されたまま会話が終わった。


9月
ありがたい事に仕事が忙しい為、彼と会う会わないの話を忘れかけた頃、インスタを見た時に「#東京ランニング」のハッシュタグと共に東京タワーの写真が投稿されていた。
走ってる暇があるならスケジュールの連絡をして欲しいとメッセージを送った。
2秒後に「😂」の絵文字で済まされた。
完全にバカにされている。

別の日に改めてLINEをする。
「9月25日の予定ってどうかな?」
「出張だからまた改めてかな。」
「9月の最後の週はどうかな?」
既読無視で終わる。

9月25日(私の誕生日)
「お誕生日、おめでとうね。また改めてお祝いしよ。」
「ありがとう。来週の予定決まった?」
既読無視で終わる。


10月
ロンドンへのフライトの機内から、見た事のない程綺麗なオーロラを見た。

感動した

ステイ先に着いて、真っ先に彼にこの写真を送った。
「スゲー」
「私もこんな凄い景色、初めてみたよ!」
「👍」
「デート、10/9は?」
「その日は先輩の誕生日。他のスケジュールちょうだい」
「他だと10/10〜14かな?」
既読無視で終わる。

翌日
「?」のスタンプを送る私。
「10で」
「おっけー」

10日の数日前
「おとちゃんごめん、11日の朝が早くて12でも良い?」
「12日ね、オッケー」
「👍」

彼の腰の重さがLINEから伝わって来る。
少し嫌な予感がした。


10月12日
彼とのデートに向けて準備をする。
何を着ようか、どんな髪型にしようか、ワクワクしながら支度をする。
お店の予約は17時半。
犬(私と同じ誕生日)の誕生日プレゼントの犬用ケーキを9月に渡せなかったので、それを朝から解凍しながら彼にLINEをする。
「今日何時頃おうち行けば良いかな?」
「俺、今日はバタバタだからお店行っちゃうよ。」
「じゃあ今日は現地集合の方が良さそう?」
「そうだね、店、会社の隣だし笑」
「犬のお祝いケーキ持って行こうと思ったんだけど、どうしよう。」
既読無視で終わる。

どんな理由があるにしても、現地集合は嫌な予感しかしない。
まだ前日に泊まった女が帰っていないか、もうドライヤーの彼女と一緒に住んでる可能性も高い。
これで夜もホテルだったら黒だな、と冗談混じりに考えながら電車に乗って恵比寿へ向かった。

一軒目。
彼がいつも行くお鮨屋さんへ連れて行って貰った。
去年の誕生日にも連れて来て貰った事はあるのだが、「彼女さんは、お初めてなんでね」と大将に言われて私はニコニコと、うんとかすんとか言いながら聞き流した。
去年と比べてお店の方の愛想が良いので、きっと何人もの子を連れて来て常連になったのだろう。
美味しいものを食べて最後はお腹がパンパンになって苦しくなった。
最後に「Happy Birthday」と書かれた謎の観葉植物が出て来た。
言われるがままにそれを持たされて写真を撮って貰った。

二軒目。
彼が贔屓にしているワインの美味しいバーへ行く。
いつもこのお店の子からは「おとさんお久しぶりですね〜」と言ってくれる。
「今日はおとちゃんの誕生日だから!」
と酔った彼が連呼していたので、私がトイレに行っている間に急いでバースデープレートとバラの花をお店の女の子が用意してくれた。
嬉しい反面、もう3週間近く前の事なので恐縮してしまう。
その流れで彼が言った。
「今日リッツ(カールトン東京)取ってるから。」(ドヤ顔だった)
「え…?いいのに。」
「またまた、嬉しいくせに。」
「いや、本当にマンションで良いよ。朝もゆっくり出来るし、この後行っても時間遅いしもったいないよ…」
「えー…。中々リッツは俺取らないんだけど。キャンセルする?」
「キャンセル料掛かっちゃうならもったいないし、行こっか。ありがとね。」

そこから変な空気になってしまった。
そして私が懸念していた「彼女と同棲してる説」が濃厚となった。

三軒目。
彼がオーナーを務めるバーに行く。
シーシャを吸いながら赤ワインを飲んでいると、お店の子がまたサプライズでケーキを用意していてくれた。
店長のKさんが気を利かせて用意をしていてくれたらしい。
なんとなくモヤモヤしつつ、「ありがとう」と伝えて、お腹が一杯だったのでお店にいた他のお客さんに食べて貰った。
「あと、あれ渡して。」
と、彼がお店の子に言って紙袋を渡して来た。
「去年みたいに高い物とかではないけど。」
と、プレゼントをくれた。
パールのついた小ぶりの可愛いピアスだった。
一緒にニコライバーグマンのBOXの花まで添えられていた。
彼がお花をくれたのは初めてだった。

普通の女子ならそれが「嬉しい」「最高」の誕生日になるのかもしれない。
けれど、私にとっては全てが「浮気をしている男の不自然な優しさ」に似た物の様に感じて不気味だった。

また、小賢しくもプレゼントしてくれたピアスの価格帯を憶測し「去年よりも格下げされた」と、子供の様な事を感じてしまった自分がいた。

私の中で小さな苛立ちが沸々と生まれていた。



そこのバーに到着したのは午後9時25分。
一杯だけ飲んでとは行かずとも、この後リッツに泊まるのであれば午後11時にはチェックインをしてゆっくりしたい。

2人きりの時間は束の間で、午後10時前にはすぐに若者達の団体が来店した。
午後10時半頃、彼の先輩が2名、彼の友人が2名、だいぶワイワイした雰囲気となった。
彼は若者達から「尊敬します〜」「カッコ良いっす〜」と崇められ調子に乗り、カウンターで左隣に座っている私に背を向けた状態で話し込み、たまに起こるテキーラ飲みに5〜6回巻き込まれた。
調子に乗ってカウンター内に入り、バーテンの真似事をして笑いを取ったりしていた。

「12時過ぎたら行こうか」と彼が振り返って私に言い、あと5分で本当に帰れるのか不安だったが「もったいないもんね。早く帰ろうね」と応えた。
更に彼の先輩カップルが加わり、彼は知り合いから知り合いへと渡り歩きながらテキーラを飲み始めた。
こうなった彼はもう止まらない。
私の事を知ってくれている先輩や友人は
「え?放ったらかし、大丈夫?」
と声を掛けてくれているが、大丈夫ではない。
仕舞いには彼は「おとちゃん帰った?」などと言い出し、私のいる場所も把握していない様だった。
1時が過ぎ、そろそろつまらなくなって来たので声を掛けようと試みる。
立ち話をする彼を後ろから抱きしめて、「もう1時過ぎだよ。早く帰ろう」と優しく伝える。
「ああ、もう帰る?」
と生返事をしながら先輩との話に戻る。

もう限界だった。
お金だけ掛けて祝う場所だけ用意されて、自分が蔑ろにされるのが不愉快だった。
2か月ぶりに会えると思って楽しみにしていた日なのに、一緒に過ごせる時間がどんどん減っているのが悲しかった。
彼は私を傷付けるのが本当に得意だ。

やっと彼が贔屓にしているバーのスタッフ6人組が帰り、彼が見送りを終えた。
「おとちゃんお待たせ」と言って迎えに来てくれるかなと期待していたが、彼はため息を吐きながら離れた席に怠そうに座りスマホを触り始めた。

彼を傷付けてやりたいと歪んだ思いと、酔った勢いも手伝い、私の我慢が限界に達した。

私は彼の所へスタスタと歩み寄り、勢い良く彼の左頬を平手打ちした。

バーの時が一瞬止まり、彼も不意打ちをくらいフリーズをした。

「ねえ、今何時だか分かってる?時計見てよ。帰ろうって何度も言ったよね?」

淡々と、けれど強い口調で伝える。
彼は暗くなったままのApple Watchを見つめながら顔を上げない。
暫くしてからぽつりぽつりと話し始めた。
顔を上げた彼の表情は明らかにキレていた。

「いや、分かってる。うん…分かってる。いや…確かに盛り上がっちゃったけど、叩くことないじゃん。ここ当たったよ?俺が左耳聞こえづらいの知ってんじゃん。」

「それだけ我慢出来なかったって事だ…」

「いや。それだけは許せないわ。左だよ?もう俺、この後一緒に過ごせないわ。」

彼の逆ギレに私も含め全員が凍り付く。
表情にも声にも怒りが現れていた。
私はすぐにやってしまったと気付いた。

「ごめん、ちゃんと話そう。そうだよね…私も我慢出来なくて叩いちゃったのはごめん。痛かったよね。本当ごめんね。それくらいしないと聞いて貰えないと思って。」

「いや、左耳だよ?俺こっち殆ど聞こえないから。」

「そうだよね、びっくりさせちゃったよね。ごめん。狙った訳じゃないんだよ。勢い余って当たっちゃって、ごめんね。気分悪くさせちゃってごめん。」

「いや、いーけど。もう今日は無理だわ。お前帰れ。一緒にいれない。リッツも10万したけどキャンセルだわ。帰れ。いーからお前帰れよ!」

淡々と話していた彼が急に大声で叫んだ。

「…リッツもありがとう。ごめんね、〇〇さんいつも朝早く帰っちゃうから、それなら家で一緒に過ごしたかったんだよ。早くここから帰りたかったからあんな事しちゃってごめん。叩いたのは良くなかったよね。」

「いや、もうリッツもキャンセルしたから。はい、帰って。てめー、早く帰れよ。ねぇ、誰かタクシー呼んで。誰かおとちゃん帰らせて!

「私は帰らないよ。ちゃんと話してくれるまで帰らないよ。タクシー乗らないから。だからちゃんと話しよ。」

「いや、今は無理。だから帰って。今帰ってくれたら後日また会うけど、今帰らないならもう会わない。本当に会わないよ。」

「帰らないよ。私〇〇さんの事一番知ってるもん。今帰っても後日はない。もう会えないなら今ちゃんと話そう。」

「今は無理。一緒にいれないもん。早く帰れよ、てめー。俺全然まだ酔ってないから。全部覚えてるから。だから早く帰れ。

「帰らないよ。」

「あーじゃあもう俺が帰るわ。置いてくよ。」


そう言いながら彼は私の前から去って行った。


11年間大切にしていたものが、音を立てて崩れて行った。



彼が去った後、バーの時が再び流れ始めた。
私は完全にアウェイな場にいる事は分かっていたが、このまま帰れるほど強くはなかった。

「大丈夫?」と先輩や友人に声を掛けられて堰を切ったように涙が溢れてしまった。
「平手打ちは確かに良くなかったよね」
「頑張って和解しようとしてたよね」
「そっか今日は誕生日って事で会ってたんだね」
「え?2か月ぶりだったの?そりゃ早く帰りたいよね」
などなど、優しさの嵐だった。

けれど、彼の近しい友人達と話してる時に気付いた事がある。
①「〇〇君はさ、この先彼女が出来たり結婚したりしたとしても、おとちゃんの事は特別だと思ってるはずだよ。」

②「えっ、何なに?報告しちゃった感じ?」
「しっ。ちげーよ黙れ。」

③「(そんなに泣いて)何か聞いちゃったの〜?」

④「(私の台詞)私だって馬鹿じゃないから、彼女が出来た時の彼の行動や態度で『あ、いるな』とは感じるんですよ。でも分かってても、好きだから一緒にいる間は楽しく笑って過ごしたいって我慢したり努力してるんです。」
「そうだよ、おとちゃんは頭が良いから気付いてるんだよ。」

数々の友人達との会話により、彼には彼女が出来た事がはっきりと分かった。
ドライヤー戦争は私の惨敗だった。
私がいくら頑張っても勝ち目はなかったのだ。
7年前、彼は結婚するタイプではないから、それなら都合の良い女になろうと決意したのがそもそも間違っていた。
付き合いたい、結婚したいと言い続けた女が最後は幸せになるのだ。


世が明け始めた頃、私は彼から貰った花を抱えながらとぼとぼと帰宅した。
小雨が降り肌寒いにも関わらず、傘もささず上着も着ずに歩いていた。
家に着いてからジャケットをバーに忘れて来た事に気付く。
どうりで寒かった訳だ。

もう朝なのに眠れない。
彼の怒った表情や言われた言葉が頭から離れなかった。

1日前はあんなに楽しみにしていた日が、11年間で一番辛い日に変わってしまった。

11年間私が必死になって大切にしていたものが、もう崩れる姿すらなく粉々になってしまった。

けれどそれを台無しにする引き金を引いたのは間違いなく自分だった。


どうすれば、彼の事を忘れられるのだろうか。
どうすれば、彼のいない世界で生きて行けるのだろうか。

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