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熱くて苦い思い出がよみがえる。日比麻音子アナに聞く「高校演劇」の世界。【アナウンサーの推し事】

好きなものや、それを愛で、応援する気持ちを表すことばとしてすっかり定着した“推し”。慌ただしい日々を送るアナウンサーにも、きっと毎日の糧になったり、癒しになるような“推し”があるはず。愛してやまないものを、自由に語ってもらう連載企画『アナウンサーの推し事』。今回は、自身も学生時代は演劇部に所属していた日比麻音子アナウンサーに、「高校演劇」への熱い愛とちょっと苦い実体験を語っていただきました。

「高校野球」よりもチャンスが少ない

——日比さんの推しは「高校演劇」とのことですが、「高校の演劇部」「高校生が演じる劇」というそのままの理解で問題ないものでしょうか?

日比 「高校野球」と同じで、大会に向けた“部活”の意味合いがいちばん強いかもしれませんね。野球に「甲子園」があるように、高校演劇にも全国大会があるんです。地区予選などの道のりも含めて、「高校野球に似ているんですよ」と説明することが多いです。

——なるほど、その全国大会が「高校演劇」を語る上ですごく大きな存在なんですね。

日比 そうなんですよ。脚本の出来や演出、芝居の技術などを総合して競い合う「総合文化祭(総文祭)」が最終的な披露の場になります。
ただ野球の場合は、2年生は2年生の夏に、3年生は3年生の夏にそれぞれ決勝に出場しますが、「高校演劇」はたとえば3年生で全国大会に進んでも、最終的な決戦の場が翌年になるので、本番には出られません。つまり、1年生と2年生にしかチャンスがないんです。

——なんと……! なかなか限られた挑戦ですね。

日比 はい。さらに実際は2年生になると裏方に回ることも多いので、高校1年生が本当に大きな勝負どころなんですよね。
そんな大会の仕組みが生む、切なくて刹那的な部分も高校演劇の大きな魅力だと思います。

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ラジオをきっかけに「高校演劇」と再会

—現在は、ご出演されているラジオ『アフター6ジャンクション』の「高校演劇特集」などでも接点を持たれていますよね。

日比 そうですね。わたし自身も演劇部に所属していましたが、正直なことを言うと、高校を卒業してから『アフター6ジャンクション』で特集をするまで「高校演劇」にまったく触れることのない生活だったんです。この特集をきっかけに、TBSラジオの国会担当記者の澤田(大樹)さんが「高校演劇」をずっと追いかけてらっしゃることがわかって、「実はわたしも高校演劇をやってたんですよね」と初めて“打ち明けてしまった”ような形だったんです。言わざるを得なくてバレちゃった(笑)。

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——ご自身が「高校演劇」に熱を傾けられていたことに触れてこなかったのは、なにか理由があったんですか?

日比 「演劇をやっていました」って自分から言うのって、少しハードルが高い気がして(笑)。「お芝居ができます」というのはなかなか……。

——たしかに、おっしゃる意味はわかる気がします(笑)。

日比 それに、今でこそ情報を追いかけて応援しているのですが、現役で「高校演劇」をやっていた頃の自分について、実は充実感のようなプラスの感情をまったく持てていなかったんです。
だから、「過去」として封印してしまっていたところがあったのかもしれません。

——それが特集をきっかけにまた扉が開いたような。

日比 そうですね。時を経て、今の優勝校の作品を見せてもらったところ、まず「高校演劇だから」というわけではなく、シンプルに「本当に素晴らしい演劇を見た」というものすごく大きな感動があったんですよ。そこに、当然自分がやりきれなかった後悔とか、悔しさみたいなものも思い出して、だからこその尊敬や憧れの念を持つところがあって。やっぱりおもしろいな、すごく魅力的だな、と改めて思ったんですよね。

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封印してしまっていた高校時代

——「充実感を持てていなかった」というご自身の「高校演劇」にはどんな思い出がありますか?

日比 演劇部には、中高一貫校に通っていたので6年間所属していました。もちろん大舞台として全国大会に向けて頑張っていたんですが、ちょうどわたしの代が高校1年生を迎えるときに新型インフルエンザの感染拡大の影響で地区予選が無くなってしまって。

——なんと……そんなことがあったんですね。

日比 それもあって自分の実力をしっかり試せなかったという記憶があるし、その経験を経て高校2年生では演出を担当したんですけど、熱が入りすぎて空回りしてしまって、本当にうまくできなかったんですよ。

結局、舞台に立つ側としても裏方としてもなんの結果も残せなかったですし、周りのほかの部活の子たちががすごく楽しそうに青春を謳歌してる様子が眩しかったんですよね。その姿をすごく羨ましく見ていた一方で、わたしはうまく謳歌できなかった。何よりも、気持ちのうえで「やりきれなかった」というのが大きな心残りになっているんです。

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——いくつかの「うまくいかない」が重なって、記憶のうえで一時的に“封印”してしまうような過去になっていたんですね。

日比 そうですね。この後悔は、これからも拭うことができるものじゃないはずなんですけど、触れないようにしてしまっていました。
ですから、『アフター6ジャンクション』をきっかけにまたこうして接することができるようになったのは、ありがたい縁ですね。

近ごろは、高校演劇を支援するクラウドファンディングとかも増えてきているので、大人としてできることを、青春を取り戻すような感覚で少しずつ実行しています。

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100パーセントつながっている

——演劇部でもがいた経験のなかでも、演劇に携わる喜びはありましたか?

日比 それはたくさんありましたね。舞台上に立ったときのライトの熱さや、客席に両親の顔が見えたときのうれしさ。SEがうまく出た時の気持ちよさ、拍手をもらったときの高揚感。どれをとっても、忘れられないものだなと思います。

——それは今のお仕事にやはりつながっていますか?

日比 はい。あのときの経験がなかったら、この仕事にも興味を持てなかったですから。
それに、裏方の仕事もやっぱり本当に大好きだったんですよ。照明をいじったり、「靴の音はどれがいいかな?」と音を探してみたり。あのときの感覚がふと思い出されて、今でも音楽番組の現場とかに行くと、照明さんや音響さんに「どうやってやってるんですか?」と聞いてしまったりします(笑)。お忙しいところきっとお邪魔だと思うんですけど、どうしても気になってしまって。すごく楽しいですね。

——演劇部の思い出は苦いものだったけど、あのとき経験したことが、今の日比さんを作っているんですね。

日比 100パーセント、そうだと言えると思います。

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「わたし」がエールになれたら

——現役の演劇部のみなさんのことは、今どんな気持ちでご覧になっていますか?

日比 現地にはなかなか行けず、配信のもので楽しませてもらっているんですが、やっぱり時間の制限のなかで生まれる、高校演劇にしかない刹那感。繰り返し上演される演目とちがって、その場限り、その大会でしか披露されないものでもあったりするので、1回1回にかける想いがあまりにも切実で。テーマを選ぶところから、そんな気持ちが凝縮されている舞台には、高校生たちの“叫び”のようなものを感じて、胸が熱くなってしまいますね。

たとえ本番中に失敗してしまっていても、その一瞬の「どうしよう」と必死で取り返そうとしてる姿に感じ入るものがあって、とにかく「がんばれ!!」と声援を送るような気持ちで見ています。

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—— そんな姿を、いろんな人に知ってもらいたいですね。

日比 そうですね。ただ、やっぱりマスメディアにいると、どうしても声をあげてたくさんの人に「いいよ!」と言っちゃいがちなんですけど、わたしがいちばん声を届けたいのは、まさに現役の彼女、彼らなんだと思います。
「高校演劇」は自ずとメジャーで人気を博すものになっていくと思うのでそれを宣伝する、というよりも、いま頑張りたいと思っていたり、頑張れずにいる現役の人たちに、「高校演劇」のときに失敗したりうまくいかなかった、「こんな人もいる」とわたしのことを知ってもらえたら。

わたしの場合、きっとこの「高校演劇」に対する後悔は一生拭えないと思うんですよね。きっと「ああ、楽しかった」ってみんなが言えるものじゃないけれど、でも、そんな演劇に出会えたことを今はラッキーだと思えるし、そう思ってほしいですね。ひとつ我を忘れて夢中になれる何かを見つけられたことに誇りを持ってもらいたいし、自分なりの「やりきる」のために全力疾走をしてもらえたら、と思います。

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コロナ禍の演劇部生に

——新型インフルエンザの流行による苦い経験を日比さんもお持ちですが、いまコロナ禍で演劇と向き合っているみなさんも多くの制約の中ですごく大変な想いをしてらっしゃいますよね。

日比 そうですよね、ものすごく苦しいと思います。スポーツの大会の休止は大きく報道されても「高校演劇」の地区大会などは人知れず休止になっていたりすることも胸が痛いですね。「リモートがあるから、がんばって!」と言ったって、たぶんそれぞれの環境でできることをもちろんみなさんすでにがんばっているだろうし、当事者にしかわからない喪失感があるから、わたしが何かを言える立場ではないのですが。
だけど、「一人じゃない」「自分だけじゃないよ」ってことは言いたいですね。

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——本当にそうですね。

日比 やっぱり学校に行けないとか、友達に会えないとなると、どんどん内に入っていってしまいますし、「自分だけだ」と不安に思うと負のスパイラルに陥っちゃうと思うんですよ。
だからここはちょっと月並みな言葉ですけど、1人じゃないし、辛い想いをしている人がたくさんいる、という視点も持ってもらいつつ、「なんで」「どうして自分たちの代で」という、そのどこにもぶつけられない葛藤や悔しさをどこか書いたり、残しておいてほしいと思いますね。

——ああ、それは今できる未来につながることかもしれませんね。

日比 今はいろんな方法があるので、届けたい人にひとつでも多くの演目が届きますように、ということと、みなさんが少しでもなにかに打ち込める高校生活を送れることを切に願っています。

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日比麻音子(ひび まおこ)/TBSアナウンサー。『Nスタ』『ひるおび』『王様のブランチ』『オオカミ少年』などに出演中。ラジオ番組では『アフター6ジャンクション』にて水曜パートナーを務める。2016年入社。


Photo:持田薫 Text:中前結花 Edit:ツドイ
(こちらはTBSラジオ「オトビヨリ」にて2022年8月24日に公開した記事です )