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〈詩〉 どうぞ、君こそ先に死ねばいい。

人は、4キロメートル進むのに、
平均1時間を要するのだと––––

音なら、20キロメートル進むのに、
約1分––

光でも、30万キロメートル進むのに、
約1秒––

光が、30万キロ進む間に、
音は、340メートル進み、
人ですら、130センチほど進む。

光が30万キロ後方から
迫ってくる––––

1秒後––––

1秒前の僕がいた場所に、
光が到着する。

そのとき、僕は、
1秒前の僕がいた場所から、
130センチ進んだ場所にいる。

光が、さらに、その背に迫る。
たったの130センチだから、
ほんの一瞬だ。

ほんの一瞬で、
ほんの一瞬前の僕がいた場所に、
光が到着する。

されど、ほんの一瞬でも、
時「間」は、時「間」だ。
その瞬「間」に、
どんなに遅い僕でも少しは進む。

光は、それを見て、
また、その間を詰めようとするが、
僕は、また、その刹那に微かでも、
歩を進めるだろう。

光は、永遠に、
僕には追い着けない。

速い者は、
遅い者に、
だから、追い着けない。

そもそも、光と僕の間に音がいたなら、
光は、どうやって音を追い越せたのか?

僕以前に、音にすら追い着けないはずの光は、
どんな手で、僕のすぐ背後まで迫ったん?

今、音は、どこにいるのやら。

アキレスという光––––
亀な僕––––兎が音か?––––

光に手などないさ。
光は、そう言った。

その声は、
光より遅いはずの音なのに、
きちんとボクに届いた。

どんな手を使ったん?

音もやはり、
手などない。
そう言った。

今日は、
アキレスと亀の話を
したいわけじゃない。

同じ小さな無限でも、
割り算の話がしたい。

のによ、つい、
光と音に手を出した。
そうだ、僕には手があった。

その手が届く距離にいる
大切な友人の話をしたいのだ––––

––––その人は、とにかく
  何でも、分けたがる。

その人は、一緒に食事をすると、
必ず、最後の一口をくれようとする。

でも、その人が最後の一口を食べて
イーブンになるときだってある。

だから、僕は、その人がすゝめてくれた
最後の一口を遠慮する。

そうすると、決まって、その人は、
最後の一口と思われたそれを、
半分にして、くれる。

その申し出を
断ることはできないと、
僕は、分かり切っている。

だから、その半分をもらい、
もう半分にして、すゝめ返す。

その人は、何とか今一度、
それを切り分けられぬか?
不機嫌そうな顔で思案し、
仕方なく、それを食べる。

或いは、もう一度分かつ)

僕は、少しね、意地「悪」
なのだよ。

それは、残念ながら、
アキレスと亀のように、
永遠とは続かぬだろう。

いや、頭の中であるならば、
永遠に届くのかも知れない。

君よ、僕より、先に死ねばいいと思う。
僕はね、本当なら先に死にたいんだよ。
君に看取られ、その手の中で。

でも、君よ。そんな美しさを、
誰かが覚えておくために––––

「忘却」とか云う君の二度目の決定的な死が、
 君を知る人々の消滅という君の本当の死が、
 仮初めの死のすぐあとにやってこないよう

––––「悪」人である僕は、
   せめて、君よりあとに死のう。

たとえ、一日でも、それはそれは、
暗く、優しくない、失望の世界だ。
そうだ、この世界が、地獄なのさ。

そんな割り切れない延長線で––––
地獄或いは絶望寸前の世界で––––
君という光或いはアキレスよ、
僕という亀は、それを音にしたのだ。

君と僕の間に流れた/ていく/るを––––
何ものにも追い着けない音にして––––

僕らは、笑った。

今日も、仲良しで宜しいことだと、
さも平和なことだと、笑ったのだ。

時、折々、僕は、思う。

いつか、この人なら、分子を割った原子を割った原子核を割った核子を割ったクォークを割ったクォークを割ったものを割ったクォークを割ったものを割ったものを割った……世界の本当の正体を解き明かすんじゃなかろうか。

それがどのようなものであるか、
知らない僕だけれども、
その名前くらい知っている。

人は、人々は、世界は、
誰も見たことがないそれを、
呼ぶことだけならできる。

君も知っているはずだ。

「 」さ。

人は、その無味無臭な空白に祈る。
今日も、今も、祈っていただろう。

今際に、目を凝らすいつかそのとき、
僕は、初めて、知るだろう。

僕が或いはアキレスで、
なれば速いものは光ではなく悪で、
君は遅くされど追い着けない亀で、
ずっと、僕は、君を––––

「 」さ。

音にせよ。
遅ればせながら、
光よ、左様なら。

僕は、今、確かに、
それを、予感する。


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