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「彼」から「あの人」に変わる瞬間

新宿駅の山手線。15番ホームの4両目。ここに行くとどうしても思い出してしまうことがある。

「別れようか」

そう切り出したのは私の方だった。
引き留められるかな、なんて思ったけど、そんなこともなく「そうだね」と返された。
最寄り駅が近いから別れた彼氏と1時間近く電車に乗る。
別れたなんて思えないくらい会話は盛り上がったし、「好きだ」と言って頭を撫でてくれた。なんでお互いが好きなのに別れないといけないんだろう。


バイト先の人と付き合って1か月。私は学業とバイト、趣味に日々を忙殺されていた。正直この忙しさの中でデートできる自信はなかったけど、今まで通りシフトが被った時に一緒に帰れるだけで幸せだった。私の状況をバイトだけしている先輩も理解を示してくれていた。

でも、示してくれていただけだった。平日休みの先輩と、課題に追われる夜型の私。「普通のカップルみたいにデートがしたい」と言われても、23時までには必ず寝る、と決めていた先輩とは時間が合わない。どう考えても上手くいく要素がなかった。

上手く行かなかった要素の1つに私の甘え下手もある。シフトが被った帰り道の電車で「今日泊まっていく?」と聞く先輩の誘いを4回に1回断っていたから。「泊まって行く?」と聞かれて頷くと「え、明日学校でしょ」と言われる。
なんて答えたら良いのか分からず「明日授業だからなぁ」と答えるしかなかった。甘え上手なら「もっと一緒にいたいからお部屋行ってもいい?」とか言えるんだろうが、私には無理だ。

それでも、好きだった。暇さえあればバイト中にこっそり話したり、急行で帰れるのに時間をかけて各駅で帰ったり、終わったあと近くのたい焼き屋さんに寄り道したり。そんな高校生のような時間が幸せだった。

幸せだったからこそ、この関係が長続きしないことに気が付いていた。
きちんと付き合い方について話し合わないと、お互いに不満が爆発する。だけど、話し合って「別れよう」と言われるのが耐えられなかった。
この人からそんなこと言われたら、きっと私は立ち直れない。

2週間くらい1人で考えて、好きなまま別れることにした。これは私の我がままだ。別れようと決意しても言い出せない。

電車が来る音に紛れて言って、聞き返されたら違うことを話そう。

そう決めて切り出したのが、新宿駅の15番線だ。小さめな声で言ったはずなのにきちんと聞こえていて、この時だけは少し耳が良い先輩を恨んだ。

別れ際、珍しく私の家の近くまで来た。普段帰る時はすぐ自分の家の方行くのに。最後に「良い友達でいようね」なんて言われて、笑ってしまった。残酷すぎて。「恋人できたら教えてね」ってそんな簡単に、すぐ好きになれるレベルなら堂々と別れ話してたよ。

家について泣きながらLINEとインスタ、Twitterをブロックした。
ああもう「おやすみ」ってLINEしなくていいのか。「おはよう」って送って「寝すぎ」って返されえることもないのか。あの人が毎週録画してた、ちびまる子ちゃんとサザエさんの録画も見ることもないのか。「24歳男性が毎週録画ってヤバい」笑い合うことも。

きっとこれからあの人は、私より美人と付き合うんだろうな。背が高くて、キャリアウーマンみたいで、養ってくれる人。
そんなこと考えても仕方ないけど色々考えてしまう。もう関係ないのに、架空の新しい彼女を想像して余計に泣いてしまった。

私も切り替えないとな。

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