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葉隠れにある至極の恋とは

武士が口伝で残したと言われる葉隠れ。僕は何度か読もうと挑戦したのですが、文体が難しく断念し続け現在に至ります。

ですのでこれから書くことは、僕が尊敬する青山繁晴さんが教えてくれた話をもとに僕なりに考えたことになります。

葉隠れにある恋の究極の形、皆さんどうお考えでしょうか?

それは「忍ぶ恋」だそうです。忍ぶとは、耐える、秘密にする、隠すという意味なので、相手に自分の気持ち気づかれないようにしなさいという意味になります。思いを伝える行為自体が、相手のことを自分のものにしたいという、私心が入っているというのです。

僕はこの話を聞いて、どこか腑に落ちない気持ちでいました。私心よりも他人を思うことが日本文化の根幹であることは、天皇陛下の普段のお振舞いからよく理解出来ることではあります。ですが、もしも恋をした上で気持ちを伝えることを忍んでばかりいたら、僕らの存在はどうなるのかという素朴な疑問が沸いてくるのです。父や母がいてくれるので僕らの存在があるのです。

この疑問について考えているうちに、自分なりの解釈に行きつきました。それは葉隠れは敢えて忍ぶ恋、つまり「気持ちを伝えるな」ときつく言うことで、別の意味を暗に持たせているのではないか。

「恋をして気持ちを伝えるなら、その恋に懸命になりなさい。」

これが本当に言いたいことではないかと考えるようになりました。

そう考えると、命が受け継がれてきたことについて全てが繋がるように思います。懸命に相手をお守りするのです。
皆さんはどのようにお考えでしょうか。

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