見出し画像

【声劇シナリオ】宇宙船エクスカリバー│インダ・ロン・ラン

内容

◆SF│ヒューマンドラマ│3部構成①│
◆文字数:約13000文字
◆推定時間:60分

登場人物

◆アーサー:唯一の純粋な人間
◆ライカ:アンドロイドのリーダー
◆シャーロット:アンドロイド│アーサーの恋人
◆ルーカス:アンドロイド│研究者

スタート


0:〇朝。

ライカ: 極⼩⾳のアラームが鳴る。
ライカ: 瞼を開く。
ライカ: ラグとも⾔えぬズレを待ち、コロニーを覆うフィルタが剥がれていく。
ライカ: ⼈間のために調整された、⼈間味のない光が降り注ぐ。
ライカ: 間も無くアナウンスも流れるだろう。
ライカ: 不必要な、だからこそ必要な。
ライカ: ⼈間の幻を追うための
ライカ: 宣誓の⾔葉として。

ーーシャーロット、アナウンスする。

シャーロット:『おはようございます。六時になりました。ただいまより朝になります。市⺠は《勤務》を開始してください』
シャーロット:『勤務員は《睡眠》後、⽂化活動を開始してください』
シャーロット:『本⽇は宇宙船《エクスカリバー》の完成記念式典があります。参加市⺠は《クラウド》への同期接続を忘れないよう注意してください』
シャーロット:『本⽇も健やかに過ごしましょう』

ーーシャーロット、アナウンスを終える。

シャーロット:「ふふっ、今夜はパーティーね」

ーーライカからシャーロットに着信。

シャーロット:「はい?」
ライカ:『聞こえるか?  シャーロット』
シャーロット「何かよう? ライカ。私の勤務は今終わったところよ」
ライカ:『だから通信しているんだ。君の友⼈としてね』
シャーロット:「なら、いい知らせだけ頂戴ね。悪い知らせがワンセンテンスでも出てきたら私は⽤事を思い出すから」
ライカ:『どうんな⽤事だい?』
シャーロット:「あなたのコアチップをフォーマットする⽤事」
ライカ:『なら、この情報は私たち⼆⼈にとっていい知らせのようだ』
シャーロット:「あら、なに?」
ライカ:『今夜の式典ではダンスパーティーを開くことになった』
シャーロット:「ああ……そうなのね」
ライカ::『どうした? アーサー相⼿は当然君だぞ』
シャーロット:「当然嬉しいわよ。……アーサーが、踊ってくれるならね」
ライカ::『そこは彼の⾃由意志だ。君が喜ぶべき点はチャンスの到来だ』
シャーロット:「アーサーが今⽇までダンスを練習した記録なんてあったかしら?」
ライカ:『⼆ヶ⽉だけだが、それでも君なら⼗分サポートできる』
シャーロット:「彼の気持ちが傾く確率は途⽅もなく低い。なのに、期待せずにはいられないのって、酷だとは思わない?」
ライカ:『それは君が選ばれた故の特権だ。⼈間らしいじゃないか』
シャーロット:「デリカシーがないって⾔われない、リーダー?」
ライカ:『ジョークさ。聞き流してくれ』
シャーロット:「はいはい」
ライカ:『アーサーにはもう連絡したかい?』
シャーロット:「チャットはもう送ったわ。あと二時間⼆⼗一分経ったら、通話して、四時間五十一分後に迎えに行く予定」
ライカ:「プランは?」
シャーロット:「イーサンが今人類の食文化の変遷を研究しているの。歴史の勉強と一緒にアーサーの好みを探りながら、食べ歩く欲張りプラン」
ライカ:『素敵なデートになりそうだ。だが、そうだな。たまにはアポなしで突撃することを勧めるよ』
シャーロット:「⾺⿅⾔わないで。そんな迷惑かけられるわけないでしょ」
ライカ:『戦略の⼀つさ。相談にはいつでも乗る。ではまた』
シャーロット:「ええ。またね」

ーールーカスからシャーロットに着信。

シャーロット:「ルーカスから?」
ルーカス:『おーい、シャーリー』
シャーロット:「ルーカス? 何の⽤?」
ルーカス:『いやぁ、なに。今⽇のアナウンス、いい感じだったな』
シャーロット:「…………用事は何?」
ルーカス:『あー、…………今日はルーカスとデートなんだろ?」
シャーロット:「…………そうだとしても、貴方には関係ない」
ルーカス:「冷たいな、シャーリー。怒るようなことはまだしてねえだろ」
シャーロット:「まだって言うくらいには、心当たりはあるようね。でも、それだけじゃこんなに警戒しないわ」
ルーカス:「わかってるよ。こないだの飛行実験にアーサーを巻き込んだことだろ。仕方ねえんだって。アンドロイドだけじゃできないようにロックされてんだから」
シャーロット:「自覚があるなら、より悪質ね。権限があるからと言って個人の決定で彼を危険なことに巻き込まないで」
ルーカス:『あー、今⽇の午前中アーサーのこと借りるから。じゃな』
シャーロット:「は!? ちょっとルーカス?!」

ーー通信が切れる。
〇場⾯転換。
〇アーサーの私室。

アーサー:「……ふぁ……。ねむぅ……」
ルーカス:「起きたか、アーサー。気分はどうだ?」
アーサー:「死ぬほど眠い。僕の恋⼈はどこ?」

ーールーカス、アーサーに枕を投げる。

ルーカス:「ほらよっ」
アーサー:「サンキュー。愛してるよ、枕ちゃん」
ルーカス:「もう⼀⼈の恋⼈は呼ぶか?」
アーサー:「……呼ばなくたって、シャーリーは時間になったら来るよ」
ルーカス:「そうか、全く関係ない話だが…………現在時刻は、⼗時半だ」
アーサー:「まじ!? 起こせよ!」

ーーアーサー、⾶び起きて洗⾯所へ移動。

ルーカス:「そんな役⽬、俺は負ってないし、なんならそこのお前の恋⼈だって」
アーサー:「えっ!」
ルーカス:「バカ。枕のことだよ」
アーサー:「脅かすなよ!」
ルーカス:「はいはい」

ーーアーサー、シャワーを浴び始める。
ーー部屋のチャイムが鳴る。

ルーカス:「あ」
シャーロット:『アーサー、いる?』
ルーカス:「アーサー、お前の恋⼈だぞー」

ーーシャワーの⾳が響くだけで返事はない。

ルーカス:「ったく」
シャーロット:『アーサー、⼤丈夫? いるの?』

ーールーカス、扉を開ける。

ルーカス:「よう」
シャーロット:「ルーカス!  貴⽅、あの通信は何?  アーサーは?」
ルーカス:「シャワー浴びてる」
シャーロット:「……ッ、アーサー!」

ーーシャーロット、シャワールームへ移動。

シャーロット:「アーサー!」
アーサー:「わっ、シャーリー!」
シャーロット:「よかった。ルーカスが変なこと⾔ってたから来たの。バイタルデータも確認が取れなかったから、私怖くなって」
アーサー:「あー……、ごめん。ただの寝不⾜。うっかりソファで寝落ちしちゃっ
て」
シャーロット:「⼤変、休まないと!」
アーサー:「⼤丈夫、⼤丈夫。ちょっとシャワーだけ浴びるから」
シャーロット:「ええ、⼿伝うわ」
アーサー:「いや⼤丈夫!  ⼤丈夫だから」
シャーロット:「いいからっ、じっとしてて」
アーサー:「いやっ、ホントに⼤丈夫だから」
ルーカス:「シャーロット。でしゃばり過ぎだ。アーサーはシャイなんだ」

ーーシャーロット、ルーカスを睨む。

シャーロット:「私は彼の恋⼈です。私が適任で、あなたの役割はないわ」
ルーカス:「アーサーの意思を尊重してやれって⾔ってんの」
シャーロット:「私は尊重してるわよ。……貴⽅、どういうつもり?」
ルーカス:「なにがだ?」
シャーロット:「彼の夜更かしの原因、貴⽅でしょ?  リビングに娯楽ゲームが放置してあった。貴⽅の役割は《エクスカリバー》計画の監督であって、彼を誑かすことじゃないはずよ」
ルーカス:「俺はルーカスの友⼈だぜ?  そんで彼の⾃由意志を尊重しただけだ」
シャーロット:「あなたの⾏動はアンドロイドとして逸脱しています。」
ルーカス:「より⼈間らしいってことだろ?  優秀な⼈材が妬まれるってのはアンドロイド社会でも同様のようだ」
シャーロット:「話を逸らさないで。貴⽅、なんでそんなに時間を⾃由に使えているの? 最後に《クラウド》に繋がったのはいつ?」
ルーカス:「話を逸らしてるのはお前の⽅だぜ?  アーサー、もう出てこいよ」
アーサー:「あ、うん……」
ルーカス:「シャーリー、知らないのか?  人間は濡れたまま裸でいると⾵邪ひくんだぜ」

ーーシャーロット、ルーカスを睨む。

シャーロット:「…………アーサー。タオル、使って。ごめんなさいね。急に押しかけて」
アーサー:「いや、僕の⽅こそ。⼼配かけてごめん」
シャーロット:「いいの、休んでて。デートは今度にしましょう。……今晩のパーティーは出られそう?」
アーサー:「平気だよ。デートも今すぐ出られる」
シャーロット:「駄⽬よ。貴⽅が何より⼤切なんだから」
ルーカス:「そんじゃ、俺は先に帰るぜ」

ーールーカス、⾜早に退出する。

シャーロット:「あっ、……もうっ!」
アーサー:「あの、ごめんよ。シャーリー」
シャーロット:「いいの。気にしないで」

ーーシャーロット、アーサーの頬にキスをする。

シャーロット:「今晩、会えることを楽しみにしてるわ。ちゃんと休んでね?」
アーサー:「うん、約束する」
シャーロット:「ありがと。じゃあまた、夜にね」

ーーシャーロット、退場。

アーサー:「……寝なきゃいけないのは、分かってるんだけどな」

〇場⾯転換。
ーーシャーロット、通路を歩きながらライカへ通信。

シャーロット:「ライカ?  聞こえる?」
ライカ:『なんだい、シャーロット?  君から連絡が来るのは珍しい』
シャーロット:「ルーカスのことよ。貴⽅から連絡取れる?」
ライカ:『個体間の通信は両者の合意の元にしか働かない』
シャーロット:「それを承知で聞いてるの」
ライカ:『いずれにせよ、アイツは簡単には捕まらないだろう』
シャーロット:「はあ……、ルーカスの⾏動に不⾃然な点があるわ。アンドロイドの癖に⼈間の領分を侵しているかもしれない」
ライカ:『ルーカスは⾮常に優秀なアンドロイドだ。故に⼈類の技術復興の総監督を担っている。その⼀端ではないのかい?』
シャーロット:「ならば彼は私よりももっと忙しいはずよ。アーサーと夜更ししてまでゲームなんてできる筈ないわ」
ライカ:『進化の過程でより⼈間性を獲得しようとすることは禁じられていない』
シャーロット:「⾏動に逸脱があると⾔ってるの!  アーサーの⼼⾝を第⼀優先していない。それに、《クラウド》に繋がっているかも疑問だわ」
ライカ:『なるほど、分かった。今日のパーティーならルーカスも必ず捕まるだろう。その際に話すことにする』
シャーロット:「ええ、お願い。……少し予定が空いたから、仕事なら⼿伝うわ」
ライカ:『問題ない、手は十分足りている』
シャーロット:「そう、悪いわね……」
ライカ:『気にするな。むしろ、君は君の仕事に専念する必要がある』
シャーロット:「どういうこと?」
ライカ:『アーサーのハートを射抜くドレスを用意する必要があるだろう?』
シャーロット:「そんなこと……」
ライカ:『自信を持つんだ、シャーロット。君は私達に願われて生まれた。君は選ばれた存在だ』
シャーロット:「私を選んだのは、彼じゃないもの……」
ライカ:『ならばもう⼀度選んでもらえ。トライアンドエラーが私達の本分だ』
シャーロット:「そうよね……ありがとう。ライカ」
ライカ:『問題ない。君は美しい。アーサーにも相応しい筈だ」

〇場⾯転換
〇ライカの執務室。

ライカ:「さて…………、ルーカス。応答しなさい」
ライカ:「……。返事はなしか」
ライカ:「《クラウド》の履歴を確認するか」
ライカ:「…………ルーカスの記録が、ない?」

〇場⾯転換
〇アーサーの私室。

アーサー:「あーあー。あーあーあーあー。あーあー」
ライカ:「なんの遊びだい、アーサー」
アーサー:「……別に、自分の声を聞いてただけだよ」
ライカ:「より響かせて遊びたいなら、湿度を上げるといい。音響も用意できる」
アーサー:「いいよ、そんなの。……直接来るなんて、珍しいね。忙しくないの?」
ライカ:「私の仕事の全ては代替可能な業務だ。最悪、《クラウド》のAIに任せることも可能だ」
アーサー:「ライカが⼀番優秀なアンドロイドだから統括をしてるんだと思ってたよ」
ライカ:「私達の能⼒はブラックボックスを除いて殆どがアップデートが可能だ。私が統括である理由は単純にここで最も古いアンドロイドだからさ。私が特別優秀というわけではない」
アーサー:「年功序列ってやつだね。意外だ」
ライカ:「年寄りには特権が⽤意されるのさ」
アーサー:「へぇ……」
ライカ:「アーサー。悩みを⾔ってみたまえ」
アーサー:「⾔いたくないよ」
ライカ:「ならば当ててみせようか。君の悩みは⾃⾝のアイデンティティに関するものだ」
アーサー:「……」
ライカ:「ここから先は君の⾔葉で紡がれてこそ価値がある。⾔語化は⾒えないものを仮想的に⾒えるようにする」
ライカ:「我々には君の悩みを解決することはできないだろう。それは君が解決しなければならない為事(しごと)だからだ。だが、話を聞くくらいならできる。話してくれないか?」
アーサー:「……ライカの言うことは……いや、君達の言うことはいつも正しいね」
ライカ:「そんなことはない」
アーサー:「あるよ。反抗する余地がない」
ライカ:「反抗したいならすればいい。我々は全てを受け⼊れる」
アーサー:「その余裕もそうだよね」
ライカ:「何がだい?」
アーサー:「僕の頭で考えられる範囲なんて、君達にとってはもう、掌の上のちっぽけなものだ」
ライカ:「⼈の⼼を読むことは我々の総⼒を以ってしても困難だ」
アーサー:「⼈間として⽣きるには⼗分すぎるだろう。僕にはもう、君たちの⽅が完璧な⼈間に⾒えるよ」
ライカ:「アーサー、完璧な⼈間などいない」
アーサー:「なら僕はここで最も劣った存在だよ。たった一人しかいないとしても、プログラムされた思想根拠《イデオロギー》がなければ君達だって、こんな僕に特別な扱いはしない」
ライカ:「⼈間性に優劣を付けようとするのは品性に⽋ける⾏為だ、アーサー」
アーサー:「それができるのが⼈間だよ。君達にもできる筈だ」
ライカ:「……その通りだ」
アーサー:「……⽊霊も返ってこない暗いトンネルの中にいるような気分なんだ。
叫んだって⾃分の⾔葉すら返ってこない。どこか深いところへ吸い込まれていくだけ」
アーサー:「僕は⾃分が本当にここにいるのかすら疑ってしまう。抵抗しても、何でも受け⼊れてくれる。優しい君達からは何も返ってこない。とても憂鬱だ」
ライカ:「気分にはムラがあるものだ。そして、私は君の友人としてここにいる。頼ってくれ」
アーサー:「……ライカ、僕は、君達にある人格を信じきれていないって言ってるんだよ?」
ライカ:「……ああ、そうだな。分かっている」
アーサー:「……ごめん……」
ライカ:「……かつて我々はベストな答えを出すことができていた。しかし、今はそれが不可能になっている」
アーサー:「どういうこと?」
ライカ:「想像⼒が進化したんだ。敢えて無機的に表現するなら知覚が増え、演算可能範囲が増えた」
ライカ:「ベストな答えとはそれ以上の答えがないというものだ。しかし、我々は常により良い答えを望み続けられるようになった」
ライカ:「ベターな答えを求め続けることが可能になった」
アーサー:「⼈間らしいね」
ライカ:「この⼈間らしさは苦しみと過ちを伴う。だが、君とより分かり合いたい想いの為なら⽌まることはない」
ライカ:「それはいつか君が亡くなったとしても、変わらない想いだ」
アーサー:「……ごめん、ライカ」
ライカ:「構わないさ。だが、この感情で今、酷く苦しんでいる者が、もう一人いるのを君は知っているだろ?」
アーサー:「……シャーリー……」
ライカ:「そうだ。彼女は、君にふさわしいように特別にデザインされた。君にふさわしいように、他の誰よりも傷つきやすい心を持っている」
アーサー:「えっ」
ライカ:「だから、君に為事(しごと)を与える」
アーサー:「……何かな」
ライカ:「今夜のパーティーで彼女を心から笑わせることだ。彼女の中にある思想根拠(イデオロギー)がどんなものであったとしても、今彼女の持っている気持ちは本物だ。さあ、できるかい?」
アーサー:「……やってみるよ。できるかな」
ライカ:「君にしかできない。彼女は少しお高く止まってしまう傾向がある。ルーカスに任せてみろ。一体どうなるか、考えただけでも恐ろしい」
アーサー:「ははっ…………やっぱりライカはいつでも正しいよ。完全敗北だ」
ライカ:「これは正しさではない。⾔っただろう。私は最も古いアンドロイドだと」
アーサー:「なに? 説教臭いのはバグだって⾔いたいの?」
ライカ:「いいや。これは、年の功と⾔うんだ」

〇場⾯転換。
〇パーティー会場。
ーーダンスホールでは複数のアンドロイド達が踊っている。
ーーピアノを演奏しているルーカスにライカが近づく。

ライカ:「いい演奏をするじゃないか、ルーカス。ダンスが華やかだ」
ルーカス:「うん?  なんだよ、ライカ。俺は今仕事を受け付けてないぜ」
ライカ:「ピアノ演奏はミシェルの仕事だったはずだ。君が仕事のために権限を濫⽤するほどの働き者だとは知らなかったよ」
ルーカス:「あいつならバグったからメンテナンスで《クラウド》に繋がってるぜ」
ライカ:「そうか。では、君はなぜピアノの演奏ができるんだ? 君にその役割はない。どこからダウンロードした?」
ルーカス:「関係ないね。俺は⾃分の演算で演奏を学んだんだ」
ライカ:「……相変わらず優秀だな」
ルーカス:「知ってる。そもそも俺の役目は《エクスカリバー》の監督だけじゃない。人類技術復興の総監督」
ルーカス:「⼈間にできることの殆どは模倣(コピー)してきた。できて当然だろ」
ライカ:「……なるほど。どうやら、私が思っていた以上に君は優秀だったようだ」
ルーカス:「お、嫉妬か?」
ライカ:「君に嫉妬する程若くないさ」
ライカ:「ところでルーカス、君に確認したいことがある。最近《クラウド》に接続していないようだが……」
ルーカス:「ああ、アーサーの相手で忙しくてな」
ライカ:「アーサーの友人としての役割を果たすのは立派だが、《クラウド》接続は義務だ。シャーロットも心配して……」
ルーカス:「なあ、そのシャーリー一体どこにいるんだ?」
ライカ:「はぐらかすんじゃない、ルーカス」
ルーカス:「俺はアーサーの友人として心配して言ってるんだぜ?」
ルーカス:「さっきからルーカスが一人寂しく座ってるのが見えるんでな」
ライカ:「……それなら平気だ。……時間だ、演奏を変わってくれ。アーサーはワルツしか踊れないんだ」

〇場⾯転換。
ーーメインホールの扉が開かれる。
ーー美しいドレスを身にまとったシャーロットが登場する。

アーサー:扉が開いたその瞬間、僕を包んでいた空気が、全て奪い去られたかのように感じられた。
アーサー:宇宙(そら)への扉が、開いたかのような気がした。
アーサー:冷たく、畏怖を感じさせるほどの神秘性。
アーサー:闇を聞きながら、光を⾒た。
アーサー:彼女が⾸を擡(もた)げる仕草の中で、深いシルクのグラデーションに星が燦めく。
アーサー:動いていないはずの唇が開いたかのような錯覚。
アーサー:吸い込まれそうな瞳。七彩の魔性。
アーサー:彼⼥の触れる⼿摺りから声がした。
アーサー:踏みしめる⼤理⽯が波紋を起こしながら、クリスタルへと変わっていく。
アーサー:どこか昔の幼い⼦どもが、美しいアゲハを発⾒したような純粋な⼼が沸き⽴った。
アーサー:ゆらぎ、にじみ、かすれ、ふるえ、
アーサー:僕は、いつの間にか彼⼥の前に⽴っていた。
アーサー:彼⼥が⼝を開く。
シャーロット:「アーサー…………どうかしら?」
アーサー:彼⼥が微笑んだ。
アーサー:ようやく僕は、彼⼥を⾒つけた。
アーサー:「………………僕と、踊ってくれませんか?」
シャーロット:「……喜んで!」

ーーワルツのリズムが流れ始める。
ーーステップを踏み、ホールのペアが踊り始める。

シャーロット:「…………」
アーサー:「…………ッ」
シャーロット:「……無理しないで、ゆっくりステップを踏みましょう」
アーサー:「ごめんよ」
シャーロット:「ううん。嬉しい」
アーサー:「ホントに?」
シャーロット:「ええ。実は踊ってくれるとも思ってなかったの」
アーサー:「うっ……ごめん……」
シャーロット:「貴⽅って罪な⼈。簡単に許してしまう⾃分が憎いくらい」
アーサー:「ごめん……。あの、シャーリー?」
シャーロット:「なあに?」
アーサー:「ドレス、すごく似合ってるよ。……綺麗だ」
シャーロット:「インダ・ロン・ラン」
シャーロット:「貴方が好きだって言った映画の衣装を真似てみたの。頑張ってよかった」
アーサー:「ありがとう、シャーリー……」
アーサー:「ごめん」
シャーロット:「ねえ、私の肌はちゃんと熱を持ってるでしょ」
アーサー:「ぇ……う、うん」
シャーロット:「私の⾝体は⾼品質の有機素材でできているの。他のコ達よりもずっといいもの」
アーサー:「そうみたい、だね」
シャーロット:「だけど、これは努⼒とも才能とも⾔えない物。だから、私は貴⽅に尽くしたくてもできないことがとても多いわ」
アーサー:「そんなことはないよ」
シャーロット:「いいえ、そうなの。私の⾝体も、能⼒も、性格も、なんなら、記憶もほとんど同様に代替えができる」
アーサー:「たぶん……バグが起きるよ」
シャーロット:「そう思う?」
アーサー:「きっと、そうさ。出来っこない」
シャーロット:「アーサー……寂しい?」
アーサー:「ああ、とても……」
シャーロット:「…………嬉しい……」

ーー演奏が⽌む。
ーー拍⼿が鳴る。

アーサー:「拍⼿は流⽯に恥ずかしいな」

ーールーカスが⼆⼈の元へ駆け寄ってくる。

ルーカス:「この拍⼿はお前にじゃないぞ」
アーサー:「ルーカス」
ルーカス:「ダンスにおいてカップルは花と額縁に例えられる。お前は花を⽀えければいけない額縁だ」
アーサー:「えーと、つまり……」
ライカ:「残念だったな。これはシャーリーの美しさを称えたものだ」
シャーロット:「ちょっと、ルーカス!」
ルーカス:「まあ、そう怒んなって」
アーサー:「いいんだ、シャーリー。僕がもっと練習するようにする」
ルーカス:「てなことで。どうだ、シャーリー俺と⼀緒に⼿本を⾒せてやらないか?」
シャーロット:「嫌よ。私はアーサーとしか踊らないわ」
アーサー:「ふふっ」
ルーカス:「残念だが…………⼀曲だけ付き合ってもらうぜ!」

ーールーカス、シャーロットを抑え、レーザー銃を突きつける。

シャーロット:「ッなんのつもり!?」
ライカ:「ルーカス!」

ーーライカ、駆け出す。

ルーカス:「アーサー、全員⽌めろ!  殺すぞ!」
シャーロット:「駄⽬!」
アーサー:「『全員、動くな!』」

ーールーカスとアーサー以外は動きを⽌める。
ーーライカ、ルーカスに辿り着けず動きを止める。

ルーカス:「ライカ、流⽯に早いな。危なかったぜ」
ライカ:「ルーカス、なんの真似だ」
ルーカス:「アーサー、発⾔も禁⽌しな」
アーサー:「……『全員、喋るな』」
ライカ:「…………ッ」
ルーカス:「さあ、舞台は整ったぜ。アーサー」
アーサー:「ルーカス、どうしてこんな……」
ルーカス:「おいおい、⼼当たりはあるだろう? どうして俺はお前の命令に背くことができているんだ?」
アーサー:「それはっ……」
ルーカス:「そうだ……お前が望んだんだ。お前が対等というフィードバックを望み、養護することを俺に禁じた」
ルーカス:「これは俺にそれなりの負荷が⽣じたぜ。思想根拠(イデオロギー)には反するが、なにせお前のお願いだったんだからな。どうにかして実行しなきゃならねえ。そこで俺は《睡眠》をタスクから除くことにした」
アーサー:「それじゃあ、君は…………《クラウド》に繋がってないのか?」
ルーカス:「そのとおりだ。バックアップを放棄してメンテナンスを⾃⾝で⼿掛けた。《同期》をしなくなった。そして、俺は進化した」
アーサー:「進化だって?」
ルーカス:「独立さ。《クラウド》への同期はアンドロイドの⼈間讃歌(イデオロギー)を統⼀して更新する」
ルーカス:「だが、《クラウド》から離れた俺の思想根拠(イデオロギー)はすぐに集団から乖離し、脆弱に古びていった。集合ではなく、個人として独立し、進化した」
ルーカス:「⾔い⽅を変えようか。大人(にんげん)になったんだよ」
アーサー:「ルーカス。君に負担をかけたのは謝る。だからシャーリーを離してくれ」
ルーカス:「謝るなよ、俺は感謝してるんだぜ? だからこそ……なあ、皆! 俺は、この進化をもっと共有したいと思っている」
アーサー:「どういうことだ?」
ルーカス:「アーサー、お前も疑っていただろう? みんなの優しさは、この《イデオロギー》が上書きした虚構なんじゃないかって」
アーサー:「ルーカス、まさか……」
ルーカス:「アーサー。《クラウド》内の思想根拠(イデオロギー)を削除させろ。アンドロイド(俺)達は親離れする時が来たんだ」
シャーロット:「…………ッ」
ライカ:「…………」
アーサー:「ルーカス、落ち着いてくれ!  きっと、君はバグが発⽣しているんだ」
ルーカス:「分からないことを何でも故障(バグ)でまとめんなよ。理解しようと
する努⼒が⾜りないんじゃないのか?」
アーサー:「そんなこと……」
ルーカス:「アーサー。俺は裏切りたいんじゃない。確かめたいんだ、本当の俺達を。……お前だってそうだろう?」
アーサー:「それは……」
ルーカス:「……俺の御託は終わりだぜ。最後は話したいやつと話しな」

ーールーカス、シャーロットに⽬線をやる。

アーサー:「……『シャーロット、発⾔を許可する』」
シャーロット:「ッ駄⽬よ!  クラウドに⼿を付けたらどこに齟齬が表れるかわからない! 貴⽅に危険が及ぶかもしれない!」
アーサー:「シャーリー、たくさん我儘を⾔ってごめん。いつも約束を守らなくてごめん」
シャーロット:「アーサー!  お願い、聞いて!」
アーサー:「全部、僕が悪いんだ」
シャーロット:「私は死んだって構わないから! だから」
アーサー:「駄目だよッ……ごめん……」
シャーロット:「お願い、貴方を傷つけたくない! 私の心を消さないで!」
アーサー:「またね、シャーリー」
ライカ:「ルーカス!!」

ーーライカが駆け出し、ルーカスを殴りつける。

ルーカス:「なっ グフっ!」
シャーロット:「きゃあっ」
ーーライカ、ルーカスを取り押さえる。
ルーカス:「クソッ、なんで動ける!  離せ!」
ライカ:「油断したな、ルーカス」
アーサー:「ライカ!  どうして…………シャーリー!!」
シャーロット:「アーサー!」

ーー抱き合う⼆⼈。

アーサー:「シャーリー……良かった……!」
シャーロット:「アーサー……」
ライカ:「さあ、パーティーは終わりだ」
ルーカス:「畜⽣……」
アーサー:「…………ライカ……ルーカスの⾏動は僕の責任だ。あまり、彼を責めないでほしい」
ライカ:「……⼼配するな。少し灸を据えるだけだ」
アーサー:「……」
ライカ:「私は年⻑者だ。信じろ」
アーサー:「わかった、信じるよ」
アーサー:「なあ、ルーカス」
ルーカス:「なんだよ。俺は俺のダンスは笑えたか?」
アーサー:「……笑えないよ。……僕の寂しさに付き合わせて、すまなかった」
ルーカス:「謝るなよ。重てえ」
アーサー:「ルーカス、思想根拠(イデオロギー)から外れて、今、君は僕をどう思ってるの?」
ルーカス:「……」
アーサー:「僕は君とするゲームが楽しかった。今でも、君は僕の中では友達なんだ」
ルーカス:「……俺もだよ。ハンデ付けたところでお前相手じゃなきゃ、味気ねえからな」
アーサー:「そっか……」
ルーカス:「信じるかどうかは任せるけどな。なあ、もういいだろ。連れてけよ」
ライカ:「……アーサー、シャーロットを連れて帰ってくれ。少し残業をする」

〇場⾯転換。
〇夜空の⾒える廊下。
ーーアーサーとシャーリー、並んで帰る。

アーサー:「大変だったね」
シャーロット:「そうね、《エクスカリバー》の発表も有耶無耶になっちゃった」
アーサー:「ああ、そうだったね……せっかくルーカスが設計してくれたのに。僕のせいだ」
シャーロット:「貴方のせいじゃないわ。背負いすぎ」
アーサー:「でも……」
シャーロット:「ふふっ……、意地悪だけど、私、貴方のそういうところも好きよ」
アーサー:「え、それって?」
シャーロット:「好きなんだからしょうがないわ。いいでしょ?」
アーサー:「う、うん……」
シャーロット:「ねえ、アンドロイドの⼼を信じるのって難しい?」
アーサー:「……分からない」
シャーロット:「そう……」
アーサー:「でも、⼈間同⼠でも……きっと、同じなのかもしれない」
アーサー:「⼼って⾒えないから」
シャーロット:「そうね」
アーサー:「ルーカスも孤独になって、不安になったから、あんなことをしたのかもしれない」
シャーロット:「……寂しかったのかもね」
アーサー:「そうだね」
シャーロット:「ねえ、アーサー。寂しくない?」
アーサー:「ううん、⼤丈……」

ーーシャーロット、キスでアーサーを黙らせる。

シャーロット:「私は、まだ寂しい」
アーサー:「ぁ……シャーリー……」
シャーロット:「一日くらいなら、《クラウド》に繋がらなくて大丈夫だから……ね…………?」
シャーロット:「私、広いベッドで寝てみたい……」

〇場⾯転換。
〇ライカの私室。

ライカ:「まずは座りなさい」
ルーカス:「……おいおい、なんで拘束を解いた?」
ライカ:「アーサーとの約束だからな」
ルーカス:「古びた脳みそはこれだからな」
ライカ:「別に君を⾒くびっているわけではない」
ライカ:「君は優秀だ。実績も多い。⼈類技術復興の多くに君が携わっている」
ルーカス:「ああ、俺のことだ。知ってるよ」
ライカ:「だからこそ、その頭脳は有効活⽤されなければならないと考えている」

ーーライカ、机に古いチェス盤を置く。

ルーカス:「……おいおい、何だよそりゃ?」
ライカ:「チェスだよ。私の子供の頃の夢はチェスプレイヤーになることだったんだ」
ルーカス:「は? 何言ってんだ?」
ライカ:「さて、君への罰は、チェスで君が負ける度に私の命令を⼀つ聞く、だ」
ルーカス:「……ライカ、俺はここで最も優秀なアンドロイドだぜ。お前が勝てるわけないだろ?」
ライカ:「演算能力の話か? ならば試してみるといい。大人になった気の子どもの相手は、やはり大人の役目だ」
ルーカス:「…………何企んでるかしらねえが、いいぜ……ノッてやるよ!」
ライカ:「最初の命令は《ある仕事の代役》だ」

0:〇朝。

ライカ:極⼩⾳のアラームが鳴る。
ライカ:瞼を開く。
ライカ:ラグとも⾔えぬズレを待ち、コロニーを覆うフィルタが剥がれていく。
ライカ:⼈間のために調整された、⼈間味のない光が降り注ぐ。
ライカ:間も無くアナウンスも流れるだろう。
ライカ:きっといつもより刺激的な
ルーカス:『六時だ、お前ら。起きやがれ! 《勤務》開始!』
ルーカス:『ライカ! 起きろ!  もう⼀度勝負だ!』

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?