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【掌編小説】夢の話
かつん……かつん……
私は階段を降りていた。
かつん……かつん……
赤茶けた螺旋階段だ。
私の履いている靴は大して固くないのに、階段の音はいやらしく響いていた。水が滴っていたからだろう。上の階段の隙間からも、赤茶く汚れた水が落ち跳ねた。
かつん……かつん……
手すりに触れると錆が水の膜を突き破る。
ザラザラと、固く痛々しく、剥がれていく。
ただ、気持ちだけが静かだった。
ぐるぐると階段を降り続ける度に、溺れるような酔いが頭を占めていき、鉄錆の音も、水音も遠退いていく。
かつん……かつん……
階段の先に影が蠢いていた。
怒っているような、
悲しんでいるような、
狂っているような、
嘆いているような、
そんな声が頭の遠くで響き、眼前に迫ってくる。
それでも、足は止まらない。
蠢く影に足が浸りだす。
水ほどの感触も、熱も感じられなかったのが、かえって不気味だった。
ただ、音は消えた。
降りていく足は止まらないが、感触もない。
宙に浮いているよう。
ゆっくりと沈む。
徐々に沈んでいく身体。
所々に涼しい風が通る。
風の当たる部分に目をやると、肉が削げていた。
影が爪を立てて、奪っていったのだ。
血がだらしなく垂れていく。
足は止まらない。
(かつん……)
膝まで、腰まで、肩まで沈み。
間もなく全身が沈み落ちた。
右の瞼が涼しく渇いて、左の頬に残った皮が煩わしかった。
痛みはないが、力が抜けていく。
何かの拍子があったのか、私は倒れた。
私が螺旋階段の外へと転げ落ちて行く際、首なしの足が案山子のように止まっているのを発見した。
いつの間にか着水していた私は、力なく上を見据えていた。肉が削ぎ落とされた部分から血が抜けていく。
喉が乾いていき、寒くなって、途方もなく寂しくなった。
逃げ出したいと思い、緩慢な動作で手を伸ばすが、水面は固く、そこで私はようやく氷の中に閉じ込められていることに気がついた。
吸い寄せられた指から始まり、次第に全身が固まっていく。凍っていく。
瞼を閉じたいと願っても、もうそれはない。
自分の体から血が抜けて、ほとんどゼロになった頃合いに、私の身体は止まってしまった。
静寂、沈黙、無音、静止。
突然。
カメラのフラッシュが瞬くように、場面が切り替わった。
私はまた、階段を降りていた。
かつん……かつん……
赤茶けた螺旋階段だ。
私の履いている靴は大して固くないのに、階段の音はいやらしく響いていた。水が滴っていたからだろう。上の階段の隙間からも、赤茶く汚れた水が落ち跳ねた。
かつん……かつん……
手すりに触れると錆が水の壁を突き破る。ザラザラと、固く痛々しく、剥がれていく。
しかし、少しだけ柔らかい。
ぬらりと重たい血が上から絶えず降り注いでいた。
私は血を流していた。
しかし、降り注いでいたのは私の血ではなかった。
かつん……かつん……
螺旋階段の外で、“何か”が落ちていった。
私は見向きもしなかったが、
遠く離れた奥底で、
水面が弾ける音がして、
目が覚めた。
途端、不思議なことを思う。
私はたった今この場に
生まれたような気がした。
そんなはずないのに。
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