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【掌編小説】飼い主に似た瞳
赤の他人の家に入ったことはあるかい?
私はあるよ。それも頻繁に。
別に犯罪じゃないよ、バイト。
学生の頃、親戚の電気工事士のところでバイトをしてたんだ。
エアコンを取り付ける手伝い。
夏は忙しくて猫の手も借りたいほどに大変なんだ。
物を運んだり、配管を上手く曲げたりするのに一人だと時間がかかるしね。
かなり割のいいバイトだったよ。その分、体力的にきついけど。
まあ、そんなバイトをしていたもんだから、いろんな安アパートにエアコンを取り付けに入ったんだ。
ああ、軒並み安アパートだよ。一軒家には行ったことないな。
自分の親ってすごいのかなって勘違いしそうになるよ。
大抵、ごちゃごちゃした狭い部屋だから。
そういや、バイトするようになってから、自分の部屋を掃除するようになったなあ。
ああ、でもね。エアコンを取り付けるとやっぱり皆すごく感謝してくれるんだ。
そりゃそうだよね。エアコンなしの夏を想像してごらんよ。
それに、エアコンの工事って取り付けは一、二時間だけど、夏は予約がずっと埋まってるから何日も待たされるの。
神様みたいに感謝されるんだから。
帰りは決まってジュースを貰うし、お金も多くもらったりすることもあるんだ。
当然、毎回じゃないし嫌なお客さんもいるよ。
私が見たその部屋は、まず床が汚かった。
土が固まったような汚れや動物の毛がいっぱいなんだ。
もっさりした髪の男性が猫を抱えて出迎えてくれたよ。靴を脱ぐか迷ったね。
でも、入るためには脱がないわけにはいかないから、諦めたよ。
一歩入ると気付いたね。
すごく獣臭いんだ。
動物園の獣の匂いが閉じ込められているような感じ。
空気中に菌がうようよしてるってわかったね。
挨拶しながら男性を盗み見てみると目がね、虚ろなんだ。
そのままじっと見続けてもきっと気が付かないだろうね。
虚空を眺めているんだ。ロボットみたいに猫を抱いたまま奥に行ってブランケットを被っていたよ。
本棚も冷蔵庫もカーテンもずっと動かしていないみたいに埃を被っていたからね。
僕たちはさっさと終わりたいから急いでエアコンを取り付けたよ。
私も親戚のおじさんも部屋をつま先立ちでせこせこ歩いて急いだね。
そんな歩き方が面白かったのかな。猫が私の足元にやってきたんだ。
でも、体を擦り付けるような真似はしない。その場に止まってじっと見てるだけ。
視線を感じるとやっぱり見ちゃうよね。だから見たんだ。
不気味だったね。
気ままな猫という動物のくせに野性味のない虚ろな瞳なんだ。
見覚えのある目立ったね。
そう、飼い主そっくりなんだ。
全然かわいくない嫌な猫だったよ。
でもその猫は私の視線には気づいたようで、飼い主のところへ戻っていって、全然嬉しくなさそうに頭を撫でられてた。
どっちも似たような顔をしてたよ。
そうそう。
その部屋、写真があったんだ。
その飼い主と女性とのツーショットの写真が壁に掛けられてるの。
もちろん埃を被ってたけどね。
まるで別人なんだ。
笑ってピースしててね。幸せを絵にしましたって感じの満面の笑み。
私だったら、そもそも写真を部屋に飾るなんてしないね。
思い出をそんなに大切にできないよ。
でも、彼はできたんだ。できていたんだよ。
きっと優しかったんだ。憶測だけど。
それが今ではあの有様。
ああ、今じゃないか。
今は、どうかな?
あの人も、あの猫も。
ひょっとしたら、死んでるかもね。
笑えない?
でも、あり得るなって思わない?
ああ、だから笑えないのか。そうだね。
じゃあせめて、どっちかは生きてたらラッキーって思おうか。
あの人が生きてたら、猫はまあ残念だったね。
あの猫が生きてたら、そのうち死んじゃいそうだなあ。
全然可愛くない猫だったけど、ちょっと可愛そうだなあ。
あんな生活環境でも、一応、飼い主には懐いていたし。
あの猫も、きっと、優しい猫だったんだろうなあ。
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