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【声劇シナリオ】大根物語

内容

◆コメディ│ハートフル│
◆文字数:約6000文字
◆推定時間:40分

登場人物

◆大根:悪魔に人間にしてもらった大根
◆師匠:ベテラン落語家│悪魔兼役
◆悪魔:願いを叶える悪魔│チョイ役│師匠兼役

スタート


〇丑三つ時。
ーー大根畑で会話がなされている。

悪魔 「お前の願いを3つだけ叶えてやろう」
大根 悪魔はボクに、そう語りかけました。ボクは周りの仲間たちの顔を伺いました。みんな、文字通り白けた顔をしていました。……大根だもの。
大根 気まずくなった僕は悪魔に問いかけます。
大根 「なんで、僕なんですか? 他にもたくさんの大根がいるのに、なんで僕という大根を選んだんですか?」
悪魔 「……いずれわかる。願いを、言え」
大根 ますます気まずくなったボクは、迷いながらも1つ目の願いを言いました。
大根 「カイワレ大根さんのことを、もっと大根の仲間だって気づいてほしい!」
悪魔 「……いいだろう」
大根 悪魔は緑の翼をパタパタと羽ばたかせると、地面が揺れるような衝撃とともに、不思議なことが起こりました。
大根 「あれ? なんで1つ目の願いをしたんだ?カイワレ大根さんは、大根に決まっているのに!」
悪魔 「これが私の力だ……2つ目の願いを、言え」
大根 ボクは驚きました。この悪魔の力は本物なのです。信じてなかったわけではないですが、井の中の蛙ならぬ、畑の中の大根であるボクにも、それははっきりとわかりました。この悪魔はすごいんだって。
大根 興奮したボクは恐れ多くも大きな要求をしました。
大根 「大根をもっと人気者にしてくれ!」
悪魔 「……いいだろう」
大根 「本当か!? どれくらい人気にしてくれるんだ?」
悪魔 「……じゃがいも、くらいだ」
大根 「やったー!! ジャガイモさんと同じくらいになれるなんて、夢みたいだ!!」
悪魔 「……最後の願いを、言え」
大根 ボクはその“最後”という言葉を聞いてひどく動揺しました。そして、動揺の挙句、僕がまだ種だった頃、土の中で眠っていたときに見た夢を、思い出してしまったのでした。

◯場面転換。

師匠 「は〜、朝ってのはままならないねぇ、お天道さんは出ているのに、まーだ寒んだもの」
師匠 「こんだけ寒けりゃ、庭の大根たちも“おしくらまんじゅう”でもしてるんじゃないかねぇ。どれっ、冷水でも浴びせてやるかな……うん? なんだ、こりゃあ!?」

◯大根畑に裸の男が埋まっている。

師匠 「大根畑に……裸の男が埋まってやがる……! 随分色が白いな……。そのくせ、髪の毛は緑色だし……芸人か?」
大根 「ZZZ…」
師匠 「寝てやがる……寒いからって、わざわざ土に埋まるなんてことないだろうに……ドッキリにしても悪趣味だよ……」
大根 「……むにゃむにゃ、もう、光合成は沢山だよぉ」
師匠 「何、言ってんだこいつ……。おいっ、起きろ。アンちゃん朝だぞ!」
大根 「ハッ……! ここは、ボクはいったい……!」
師匠 「ここは俺の庭の大根畑で、お前は変態だ」
大根 「おおっ……そうでしたか。あれ? ボク……喋ってる!」
師匠 「なんで、埋まってるに驚かない?」
大根 「え、ああ。失礼しました。そうか、人間は埋まってないもんなぁ……よっと……あれ?」

ーー大根は地面から抜けられないでもがいている。

師匠 「うん? どうしたよ?」
大根 「すいません。……その……抜けなくて」
師匠 「はぁ……しょうがねぇなぁ。……よいしょっ…………っと!」
大根 「おお、すごい! 便利そうですね、腕!」
師匠 「腕が便利そうって何なんだよ! さっきから、噛み合わねぇなぁ……で? お前さんは、何者なんだ?」
大根 「ああ、自己紹介がまだでしたね。えっと……待てよ。ボクの正体が大根だって知られてしまったらマズイかもしれない。なんてったってボクはじゃがいもさんレベルの人気者・大根だ。この人間さんはいい人間さんのようだけど、バレてしまったら噛み付いてくるかもしれない!」

ーー大根、悩む。

師匠 「おい、どうした。考え込んで……まさか……思い出せないのか?」
大根 「えっ……いやその……あっ、はいっ! そうなんです! ボクは思い出せない人なんです!」
師匠 「ってことは、つまり……記憶喪失ってやつかい?」
大根 「えっと……そうです! ボクは記憶喪失の人なんです!」
師匠 「おい、なんだ、そのへんな喋り方は?」
大根 「はい、変な人なんです!」
師匠 「……なんだか、釈然としないなぁ……。困ってるんだよな?」
大根 「はい、困っている人なんです!」
師匠 「うーん……。まあ、いいや、とりあえず、家(うち)に上がんな。面倒くさいものは考えないで、時間に解決してもらおう」
大根 「はい。あ、挨拶だけいいですか? みんな、今まで、ありがとう。ボク、人間になってくるよ…………ッ………みんなの見分けがまったくつかない! 悪魔さん……そういうことか……!」
師匠 「……コイツ、ヤバイな……」

◯場面転換
◯大根モノローグ
 
大根 ボクのことを引っこ抜いてくれた人間は、“落語家”というそうです。周りの人たちからは“師匠”と呼ばれているため、ボクも自然とそう呼ぶようになりました。
大根 師匠は人を集めて、長々とお話をしてお金を貰う怪しい仕事をしているようでしたが、いい人でした!

◯師匠モノローグ

師匠 もともと面倒事を抱え込む質(たち)だったが、今回ばかりは流石にヤバいと何度も思った。俺が拾った“たくあん”はまるで意味がわからない。
師匠 玉ねぎを微塵切りにするならまだしも、大根をおろすだけで、大泣きするわ。夕飯を手巻き寿司にした日には、大喜びしながらカイワレしか食べないわ。そのくせ、顔はいいから女房やご近所さんには人気が高くなっちまって、扱いに困る。全くどうしたもんかねぇ。

ーー師匠、居間でくつろいでいるところ。

師匠 「おい、“たくあん”。小遣いをやるからちょっとお菓子を買ってこい」
大根 「はい、師匠!」

ーー大根、帰ってくる。

大根 「買ってきました。師匠!」
師匠 「おい、たくあん! なんで“骨ッコ”なんぞ買ってきたんだ」
大根 「昨日、師匠がボクのことを犬と呼んだので、おやつといえばソレかと思いました!」
師匠 「お前はたくあんで、犬じゃねぇ! ついでに自分のおやつを買ってくるな。もういい、ついてこい。俺の好みのことを教えてやる」
大根 「ありがとうございます!」

◯大根モノローグ
 
大根 師匠はボクに“たくあん”という名前をつけてくれました。干した大根を塩や糠(ぬか)など、色んなものを混ぜた樽に漬けるととてもキレイな黄色になって、美味しくなるんだそうです。ボクはこの名前がいたく気に入りました。
大根 師匠はたくあんのことが好きなようでしたから、きっとボクのことも好きに違いない!

ーー師匠、居間に大根を呼び込む。
 
師匠 「おい、たくあん」
大根 「はい、師匠!」
師匠 「今日の寄席にお前も来るか? お前に落語を聞かせてやるよ」
大根 僕は動揺しました。ボクが、お金を持っていないことは師匠も知っているはずなのに……。師匠はボクに長話をした上で何を奪うつもりなんだろう……!
大根 「師匠、ボクは……その……」
師匠 「なに、これも社会勉強だ。そもそも落語家の家に居候になってるやつが落語を全く知らないなんて、俺の恥だからな。つべこべ言わずについてこい」

◯大根モノローグ

大根 ボクは半ばむりやり寄席に連れて行かれました。怖さ半分不満半分でした。ゴザを敷いて待っていたら、たまたま近所の奥さんが、やってきたので愚痴を聞いてもらっていました。

ーー大根、近所の奥さんに愚痴をこぼす。

大根 「確かに、初めて会ったときの師匠は裸のボクをその手で優しく抜いてくれましたけどねっ……でもっ……むりやりは良くないですよ!」

◯大根モノローグ

大根 そうこうしていると、ステージにはいろんな人がやってきます。傘の上でころころとボールを転がしたり、筒に入った首がグルグル回ったり、ベンベンと音がなる楽器を聞かせてくれたり、すごく楽しかったです。

◯大根モノローグ

大根 紙を切って絵を作る人には、大きな声を出しておでんをリクエストしました。
大根 あの人は大根がきらいみたいでした……。
大根 そして、最後に師匠が現れました。
大根 演目は『芝浜』……。

◯師匠モノローグ
 
師匠 まったく、ままならないもんだねぇ。ちょいと俺にも威厳があるってところをたくあんに見せてやろうと思っただけなのに、まさかこんなになるなんてなぁ……。
大根 「うわぁぁあああ! 師匠、すごかったですぅうぅうう!!」
師匠 「わかったから、泣き止みなっての!」
師匠 別に悪い気はしないが、ここまで泣かれると困ったもんだ。しがみつかれて真っ直ぐ帰れねぇや。『藪入り』『子別れ』なんかも聞かせたら、またこんなだろうな。
大根 「うぁぅぅあああぁあ……」
師匠 …………へへっ……『死神』なんかも聞かせてやりてぇな。
師匠 ……いけねぇ。結婚記念日にカミさんを寄席に呼んで、『短命』を聞かせちまったことを思い出した。あの日は一周回って短命になっちまうところだったんだ。悪いことは考えないようにしよう。
師匠 「おい、たくあん。そろそろ離れろって」
大根 「嫌でずぅ! 師匠は凄いんでづぅぅ!」
師匠 「まったく……お前はままならないヤツだよ……」

◯師匠モノローグ

師匠 しかし、高座(こうざ)から見たときにゃ、たくあんの隣に近所の奥さんもいた気がするんだが、どこ行っちまったのかねぇ? まあ、いいか。

◯大根モノローグ

大根 寄席から帰ったボクは泣き疲れて寝てしまいました。でも、やっぱり興奮していたのか、夜中に起きてしまいました。落語の美しさ、面白さ。そして、師匠のカッコよさが頭から離れなくて、ボクの頭はだんだん疲れてきました。
大根 少しは頭が冷えるかなと思って、庭に出てみると、すっからかんになった大根畑があります。
大根 よくわからないけど、しみじみとした寂しさみたいなものを感じました。これが人間なんだなって思いました。
 
大根 そんなときに……声が聞こえてきました……。

ーーどこからともなく悪魔が現れる。

悪魔 「人間になった感想は、どうだ?」

◯大根モノローグ

大根 大根畑の真ん中に、忽然(こつぜん)と悪魔が現れたのです。

ーー大根、笑顔で返事する。

大根 「悪魔さん! はい。楽しいです! 人間、すごく楽しいです!」
悪魔 「そうか。では、代償を払ってもらおう……」
大根 「……代償?」
悪魔 「そうだ、代償だ。悪魔の力を借りるためには代償が必要なのだ……」
大根 「そんなの、聞いてませんよ?!」
悪魔 「人間なら誰もが知っていることだ……。そして、お前も今は人間だ」
大根 「ボクは人間……そうだ。ボクは人間なんだ。人間だから……人間になってしまったから……」
悪魔 「そうだ。今のお前は人間で、そして、私は悪魔だ。さあ、契約を果たせ。代償はお前の最も大きな願いだ!」
大根 「そんな。なあ、悪魔。他の、他のじゃダメか? 他の願いを2つ、いや3つあげるから」
悪魔 「だめだ。明日の朝。お前の願いを回収する。さらばだ」

ーー悪魔、飛び立つ。

大根 「待ってくれ、悪魔! ああ……」
大根 「どうしよう。そんな、ボクは大根に戻ってしまうのか。大根が嫌いになったんじゃない。でも、それ以上にボクは人間になっているんだ。お使いが好きだ。お掃除が好きだ。大根料理を覚えるのが好きだ。師匠との生活だって大好きだ。そして、ボクは落語が大好きだ。落語家になりたいって思ったんだ!それなのに……こんなに悲しいことはない。こんなに悲しい思いをするなら、人間になんて…………なるんじゃなかった……」

◯大根モノローグ

大根 ボクの足はいつの間にか師匠の所に向かっていました。

◯師匠の寝室。
ーー寝ている師匠の元に大根が来る。

大根 「師匠……」
師匠 「……ん? おう、なんだこんな時間に? トイレなら1人で行けよ」
大根 「師匠。ごめんなさい。ボクは……ボクは……」
師匠 「ん、なんだ?」
大根 「僕は、大根に戻ります」
師匠 「……寝ぼけてるのか」
大根 「違います。ボクは実は大根から人間になった……大根人間なんです」
師匠 「……ノイローゼか?」
大根 「今までお世話になりました。さようなら。ボクは大根に戻ります」
師匠 「ああ、夢か。分かった。達者でな」
大根 「はい。お世話になりました」

◯大根モノローグ

大根 ボクは、それ以上は言いませんでした。悲しさに耐えられないと思ったからです。そして庭に放ってある小さなスコップで畑を掘りました。戻らないと……。ボクの体は大根だった頃に比べて大きくなっているから。たくさん掘らないといけませんでした。腕がとても疲れました。疲れたから、たくさん汗をかきました。人間だから汗をかくのです。次第に目からも汗が出てきました。
大根 ぽっかり空いた穴にボクは膝を曲げて座ります。戻ったときに足が曲がってしまうかもしれませんが、少しでも落語家になりたくて座りました。
大根 たくさん考えました。落語家になった自分の姿を想像していたら、いつの間にか夢を見ていました。ボクはステージの上に座っていて、客席にはたくさんの人が笑っていて、その中には師匠も笑っていました。とても幸せな夢でそして……

◯朝
ーー師匠、廊下を散歩している。

師匠 「はあー。朝ってのはままならないね。歳のせいかね。頭が起きても体が起きてくれないね。おちおち体操だって気をつけないと怪我しちまうよ。昨日は変な夢も見たし。ゆっくり散歩でもしようかね」
師匠 「そういや、たくあんのやつ昨日はものすごい喜びようだったなあ、あいつ落語家になりたいなんて言い出すんじゃないか。へへへ、まああいつは間抜けだが素直なやつだ。今日辺り頭を下げてきたら考えてやろう。顔も二枚目で愛想もいいときて。まあ、食ってけるくらいにはなるだろう。……いやいや、もちろん俺は師匠なんだ。甘やかしたりなんかはしねえ。下手な芝居を打とうものなら大根役者って罵ってやる。……おおそうだ、大根だ。昨日の夢に出てきたたくあんは、大根に戻るなんて言ってやがったな。夢の中でも愉快なやつだ。どれ、庭を覗いたらまた、あいつが埋まってやしないかねえ……ん……?」
 
ーー師匠、何かを拾う。
 
師匠 「これは……!」

◯庭。
ーー師匠、庭に埋まっている大根を殴る。

師匠 「おい、たくあん!」
大根 「いてえっ!」
師匠 「いてえ、じゃねえ馬鹿たれ! またこんな畑に埋まって眠りこけやがって。大根じゃあるまいし!」
大根 「え? あれ? ボク……大根じゃない!?」
師匠 「分かってるよ、そんなことは! それよりこの紙を見やがれ!」
大根 「え? 何ですこの紙?」
師匠 「戸籍謄本だよ。お前のだ! お前、歳が31歳だなんて聞いてねえぞ! しかも、今日が誕生日! ウチの落語会の入会はは30歳までなんだぞ! このまぬけが!」
大根 「え…………えぇぇぇぇぇぇえ!! それじゃあ、ボク……落語家にはなれないんですか?!」
師匠 「ったりめぇだ、ばかやろう!」

◯大根モノローグ

大根 こうして、人間であるボクの一番大きな願いは悪魔に奪われてしまいました。昨日は最高に楽しい気持ちと最低に悲しい気持ちを味わったのに、今日また最高に悔しい気持ちを味わうなんて思いませんでした。たくあんだけにしょっぱいなあと思ったけど、気持ちは晴れませんでした。

ーー師匠、ため息を吐きながら少し笑う。

師匠 「……はあ……しかたねえ。ほれさっさと出てこい。出かけるぞ。誕生日ケーキくらいは買ってやる」

◯大根モノローグ

大根 少しだけ晴れました。
大根 だって、ボクは人間だもの。


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