見出し画像

【掌編小説】スーツに咲く

 ある日、僕のスーツから蔓が伸びていた。就活に失敗してから壁に掛けっぱなしのスーツだ。その下には、同じ内容が書かれた履歴書がゴミになって散らばっている。
 いい環境ではないはずだが、この植物が育つには問題なかったようだ。おかげでスーツがもう着れなくなってしまった。ふてぶてしいやつめ。
 ありがとう……。
 仕方がないから毎日水をあげていた。どう仕方がないのかは、聞かれたら困るけど、とにかく、今の僕には仕方がなかった。
 その植物はみるみる大きくなって、花が咲いた。無職の僕でも花を咲かせられるなんて思うと、少し元気になった。
 花が枯れると、僕は寂しさとともに少しの達成感を感じた。
 短い間だったけれども、やり遂げて、終わったんだ。
 そう思った、数日後に枯れた花から綿毛が飛び出していた。
 それも大量の綿毛だ。もはやスーツではなく、着ぐるみみたいでな見た目で不気味だった。けれど、悪戯心が湧いてきた。
 僕はスーツを着て思いっきり走った。風が強い土手までやってきて、向かい風に挑戦した。ふわふわの綿毛を着ても、僕の体は重たいままで、それでも必死に綿毛を吹っ飛ばしていった。絡んでいた蔓も振り払って、ようやく全ての綿毛が飛んでいった。
 僕のスーツに爽やかな風が吹いた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?