日常が輝く物語「ペンギン・ハイウェイ」

読んだ小説:ペンギン・ハイウェイ 森見登美彦

あらすじ
主人公のぼく(アオヤマ君)はおませな小学四年生。そんなぼくが住む街に、ある日ペンギンが現れる。ペンギンの謎を研究するうち、不思議な現象は増えていく。やがてそれらは1つに収束し、ぼくは謎を解き明かす。


小学生の頃に出会いたかった物語

 主人公・アオヤマ君の目を通して見る世界は驚きと発見に満ちていて、何気ない日常も特別なものにしてくれる。彼にかかれば歯科医院は「宇宙ステーションみたい」な場所であり、遊んだ後に飲む缶ジュースに「大人になったような気持ちになる」のだ。アオヤマ君と一緒に日々を過ごすと、世界とはこんなに興味深いものだったのかと気付かせてくれる。
 小学生と言えども、アオヤマ君は忙しい。彼はたくさん研究を抱えているからだ。発見や思いつきは何でもノートにメモし、ノートに索引をつけて整理する。そうして出来るノートには「スズキ君帝国」や「プロジェク ト・アマゾン」「お姉さん」「妹わがまま記録」そして「ペンギン・ハイウェイ」と魅力的な研究テーマが並ぶ。ちなみにペンギン・ハイウェイとはペンギンたちが海から陸に上がるときに決まってたどるルートのことだ。
 アオヤマ君は、毎日昨日の自分よりもえらくなれば、大人になったとき「どれほどえらくなっている見当もつかない」と考える。本当に将来が楽しみな少年だ。彼の未来は無限に広がっている。サバンナを探検し、宇宙の謎を解明し、世界の果ての秘密だって見つけられるだろう。彼にとってそれは夢ではなく、予定された未来なのだ。
 アオヤマ君の魅力は、その感性だけではない。彼は精神的に成熟していて、同級生のスズキ君に嫌がらせをされても怒らない。自動販売機に縛り付けられても冷静さは失われず、合理的な判断を元に次の行動を開始する。子供らしさと大人顔負けの知識量、そして卓越した感情コント―ロール力の三つの性質が両立し、彼を魅力的なキャラクターにしているのだ。

 アオヤマ君の友達であるウチダ君もまた、魅力あるキャラクターだ。ウチダ君はブラック・ホールを恐れる宇宙好きの少年。彼が普通の小学生と違うのは、哲学者の一面を持っているところだ。ウチダ君は「死とは何か」という問題について考え、その仮説をアオヤマ君に打ち明ける。ウチダ君は自分の考えをあまり表に出さないけれど、アオヤマ君の研究する姿を見て、彼の思考は研究という形をとるのだ。

 もっとたくさん魅力はあるけれど、時間をかけすぎたのでまたの機会に。童心に帰れると同時に精神的に成長できる良作だった。以下はほんの一部だが、好きな一節の引用。







それでもぼくの中のもう一人のぼくは、そうじゃないというふうに感じる。 地球がまるいことが分かっても、やっぱり世界の果てみたいな場所が、ぼくらが歩いていけるどこかにある気がする。なぜだか分からない。ウチダ君とぼくは相手のことをよく知って いるけれども、こういうことはうまく説明できないのが残念だ。 ぼくらはまただまって、水路に沿って歩き続けた。

歩いているうちに、また雨が降りだした。雨の粒子は細かくて、霧のようだった。サワサワという音があたりをつつんでしまった。ぼくは最新式の折りたたみ傘をリュックから出してさした。ボタンを押すとNASAの探査機がアンテナを伸ばすみたいに広がるものだ。お姉さんはおっぱいみたいにまるい、緑色の大きな傘をさした。 傘をさしていても、空気中をただよう細かな雨の粒子が傘の下に入りこんできて、ぼくらの顔や腕にぶつかる。 「サイダーの中を歩いてるみたいだね」とお姉さんは言った。

知っている人のとなりにならんで髪を切ってもらうのは、なんだか恥ずかしいことだ。 髪を切るとき、お兄さんはぼくの首のまわりにシートみたいなものを巻くけれど、そうするとぼくはまるで赤ちゃんのようになってしまい、いくら真剣な顔をしてもおかしく見えるからである。

ぼくは水の中で息をとめていなくてはならないことを、たいへんきゅうくつに思った。生命は海で生まれたはずなのに水の中で息ができないのはおかしいと思っている。けれども小学校ではプールに入らなくてはいけないので、ぼくは父に水泳を教えて もらい、泳げるようになった。今のぼくはイルカのように泳げる。

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