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飽きない暮らし

先日、宣伝会議で開講されている編集・ライター講座を修了しました。
拙い文章ではあるけれど、スタートラインとしての記録のために卒業制作を掲載します。読まれたあなたに僅かでもメッセージが届けばいいなと思います。

※本記事は、宣伝会議 第43期 編集・ライター養成講座の卒業制作として作成したものです。

飽きない暮らし-積み重ねた時間から見えてくるもの-

暮らしの時間を考える

やりたいことってなんだろう。
長く続けられることってなんだろう。
入学、就職、企業など人生の転機を迎えた人々の多くが、一度は自分に問いかけたことがある言葉ではないだろうか。

2020年1月、日本で新型の感染症の流行が始まった。
同年4月には緊急事態宣言が発令され、在宅時間が増えた。その在宅時間が、自信の生活時間を見つめ直す機会となった読者も多いだろう。

「生活者意識調査〜Under30意識調査レポート〜」(CCCマーケティング総合研究所、2021)によると、16~29歳の回答者4820人のうち7割以上が「自分がとことん打ち込める趣味や好きなものを持ちたいと思う」と回答。言い換えれば、打ち込める趣味や好きなものを自分がまだ持てていないと感じている若者が多いということだ。
近年、多種多様で便利なサービスが次々と登場している。いつでもどこでもたいていのことはすぐに始められる。しかしそれでも、打ち込める趣味や好きなものを見つけられないのは何故だろう。何かを始める、何かを続ける際に、自分では気付くことのできない見えない壁があるのだろうか。
曖昧でイメージの持てないものを追い求めてしまうと、現在地がわからなくなり、自分を苦しめてしまうことは想像に難くない。今回、自分の興味関心を形にしているショップオーナーにインタビューを行った。その暮らしを通して、自身の暮らしの時間について考えてみよう。


動物デザインが集まる「文具店タビー」の暮らし

東京都杉並区、西荻窪駅から徒歩五分。児童館と公園が程近い住宅街の通りに、「文具店タビー」と記された木製の看板を掲げたお店がある。

お店の入り口に店名が刻まれた木製看板。木製のライオンのようにかわいい工夫が店内にも。
来店者の気持ちを盛り上げてくれる。

「人との交流が面白い。最初は店舗を持たずに通販をやろうと思ってたんですよ。でもやっぱりつまんないだろうなと。お店をやってよかったです」。気さくな笑顔でそう語るのは、オーナーの吉田真さん。
2019年5月1日にオープンしたお店では、動物デザインの文具・雑貨だけを取り扱っている。飼い主として動物が好きな人だけでなく、飼育員や獣医師、ペットシッターなど仕事で動物と触れ合っている人が訪れる。お店があるからこそ、お客さんとの何気ない会話が生まれ、求められているものやトレンドを知ることができる。

「買わなくてもいいんですよ、来てくれるだけで嬉しい。短時間で出て行ってしまうお客さんとは違って、好きなものがあって時間を忘れて滞在するお客さんがいる。でも買わないのは、お金がないとか人にはそれぞれ事情があるから。後から思い出して、あそこで買おうと記憶に残っていればそれでいい」。
もともと商売で成功したいという考えはあまり持っていなかった。自分の家のように、自分の好きなものを集めて、来てくれた人に適正価格で売る。だからお店を開くときも、借り入れはせずに自分の資金でできる範囲を条件とした。「定期的に開かれる商品の展示会に行って、新しい商品に出会ったり、メーカーさんにご挨拶したりという交流が楽しい。面白いものを見つけて発信する、インフルエンサーのようになりたいなと」。インターネットで探せば見つかる商品であっても、このお店に行けば集まっている、そんなお店にしたいという想いがある。

オーナーの吉田真さん。
店内を演出するアレンジされた照明の下、来店するお客さんとの親しげな会話が印象的。

「夜寝て朝起きるっていう基本的な生活を、健康的な生活を送れるのがいいですね。特に冬の時期は自宅で飼っている猫が、朝起きると横で寝てるんですよ。毎朝僕に寄ってくる。その時間を永遠に過ごしていたいですね」。お店を始める前は不規則な生活を送っていた吉田さん。
暮らしの中で感じる幸せは、日常的なシーンにあるようだ。


多彩な世界が広がる
「しかけ絵本専門店メッゲンドルファー」の暮らし

神奈川県鎌倉市、鎌倉駅を降り若宮通りを徒歩七分。大通りを曲がってすぐ、「Meggendorfer」と描かれた看板と個性的な木造建築が見える。

「Meggendorfer」と描かれた看板が掲げられ、しかけ絵本の数々が窓から覗く。
入店前から来訪者の好奇心をくすぐるようだ。

「経営的には厳しいですが、『家族中で楽しかった』、『プレゼントを喜んでもらえた』と喜んでいる人がいらっしゃるのでお店をやってよかったなと思いますね」。オーナーである嵐田康平さんは穏やかにそう語る。お店をやっていると、しかけ絵本の魅力をより深く実感する。「生まれて三、四ヶ月くらいの赤ちゃんにしかけ絵本を見せると、すごく集中して見るんですよ。本なんてまだ知らない赤ちゃんが本当に見事に。そして帰ろうとすると泣き始める。そんな姿を見るとしかけ絵本の力を感じますね。逆に大人が子供そっちのけで遊んじゃってるなんてこともあります。大人が夢中になってる」。

お店は2021年に開業15周年を迎えた。「本屋としては厳しい状況」と語るのは同じく代表であり妻の晴代さん。現在の店舗は開業して3店舗目。立地や広さは十分だが、通販で買えてしまう時代に専門的な本屋を経営するのは簡単ではない。「実際に手にとって見本を見て欲しい。しかけ絵本は繊細だから、全ての見本が置かれるところは少ない。それでも実際に手にとって楽しんで欲しいから置いている。お店に来てみてもらいたい」。写真を撮ってSNSにアップする。ショールームとして使ってネットで買う。そうではなく、楽しんで感動した瞬間に買っていただけたらという想いがある。

オーナーの嵐田康平さんと晴代さん。
店内に入るとお二人が「いらっしゃいませ」と優しく声をかけてくれる。

「朝や夜、仕事の前後の時間が結構ゆとりを持って自分の時間を考えられる。それ以前に、この店自体にいるのがストレスじゃない。ここは自分たちの城なわけじゃないですか。自分たちが表現する場ということですからね。自分たちが長年やってきたことをずっとやらせてもらえる、それを家族でできているっていうのは幸せですよね」。
康平さんにとって、お店に流れる時間が全て日々の幸せに変換されていく。「息子の幼稚園の時の先生や私のお友達とかがふらっとやって来る。わたしがやってるということで会いに来てくださって。ここがそういう場になって交流が続いているのは嬉しい」。晴代さんにとってもお店が日々の何気ない幸せをもたらしてくれる存在になっている。


経験と記憶を紡ぐ

吉田さんや嵐田ご夫妻が現在の暮らしを手に入れる前、最初からやりたいことや続けられることがわかっていたのだろうか。

吉田さんがお店を始めるきっかけは、コンビニのオーナー研修の依頼だった。元々は、漫画家やイラストレーターとして仕事をしていた。最初はうまくいっていたものの、徐々に仕事が減り生活が苦しくなっていく。生活維持と好奇心から、近所でオープンするコンビニに応募。すぐに辞める気持ちで始めたコンビニだったが、働き始めて気づけば店長に就任し、オーナー研修の依頼が来るまでになった。
しかし、研修を受けてしまえば戻ることは難しい。ふと立ち止まり、コンビニの経営について冷静に考えることにした。24時間365日休みなく働くこと、夜中にトラブルがあった時に対処できる人手がないこと、食料品を廃棄することに慣れるのが嫌なこと。店長として働く中で感じていたことを思い返すと、経営するなら一人でやれる範囲がいいと思うようになった。
起業するため、区が開く起業塾に通うことにした。月に何度かセミナーが開かれ、事業計画書や企業に必要な段取りを教えてくれる。自分がこれまで何をやってきたのか、何が好きなのか、自分を見直す機会もそこにあった。
コンビニという小売業の経験を通して、仕入れなどの流通の知識はある。漫画やイラストの仕事で、動物の絵を描くことがしばしばあった。そのため動物や動物雑貨に興味はあったし、多少知識もある。お店のジャンルを決めるにあたっては、祖母が文具店を営んでいたという幼少期の記憶が大きかった。お店の中に紙類や文具が溢れている環境が心地よかった記憶。決して文具に詳しいわけではないが、心理的ハードルが低くどこか親近感があった。中小企業診断士からは、在庫を持たない、事業所を持たないサービスの起業を推奨されたが、自分の意志を尊重することにした。

リアルな動物の貯金箱やスマホスタンドが商品として置かれている。
フィギュアショップという選択肢もあった吉田さんのお気に入り。

「これをやりたいからという理由を後からつけていった感じだと思うんですよね。自分のルーツを辿って出てきた話には、いろんな人を納得させる力がある。人は理由や背景があると安心するから。僕自身も自分自身にそう思ってるかもしれない。実はなんの根拠も説得力もない気がするんですけど、物語を作りたがる。人間って」。
どこか達観した吉田さんの言葉には、納得させられる重みと力があった。


嵐田ご夫妻がお店を始めるきっかけは、康平さんの定年退職だった。長年、二人は定年退職後にお店をやることを決めていた。康平さんの定年退職が近づき、その計画が現実になり始めたのだ。しかし、お店を始めることは決めていたが、何を扱うかまでは決めていなかった。話し合いを進める中で、晴代さんが「しかけ絵本」という選択肢を挙げた。しかけ絵本の魅力をまだ知らない人が多くいること、魅力を伝えるための専門店が存在しないことに疑問を抱いていたのだ。
康平さんは長年出版社に勤めていた。児童書専門店が広がり始めた時代に、しかけ絵本の営業を担当。しかし当時は、しかけ絵本は本の部類ではないと受け入れられず、営業に回っても置いてくれない本屋が多かった。それでもしかけ絵本を広めるために、本屋の店頭でワゴンセールをたくさん行なった。業界の評価とは異なり、お母さんもお父さんも子供も立ち寄り、すごく人気があった。しかけ絵本教室も並行して行なっていた。自宅に見本を持って帰った際には、幼かった子供たちは楽しそうに本を開いていた。その経験が忘れられず、しかけ絵本の魅力を十分に理解していた康平さん。経営的な不安はあったものの、晴代さんの想いに背中を押され、まずはお店を始めてみることに決めた。

天井近くまで並べられるしかけ絵本。
開いて魅せる展示からはしかけ絵本の魅力がひしひしと伝わってくる。

「本屋さんが減り始めていたし、その厳しさを主人が十分に知っていたこともあって何度も反対された。それでも、誰もやらないのはただただおかしい、その想いでいっぱいだった。誰もやらないんだったら、うちでやらないといけないんじゃないかと。怖いもの知らずで押し切って、やり始めました」。今では、反対していた康平さんが晴代さんのやる気を上回っている。何事もやってみないとわからないものだ。

何かを始めるための種は、すでに自分の中にある。
過去の経験や記憶を紡ぐとストーリーが生まれる。
すると、自分のやりたいことを持っていないのではなく、既に持っていたものに気付いていなかっただけだと理解する。
後は焦らずに、始めるタイミングさえ決めれば良い。


誰かの声や心に耳を傾ける

始める理由があるのであれば、続ける理由があるはずだ。お店を持つことは簡単ではないが、吉田さんや嵐田ご夫妻がお店を続けられる理由はなんだろうか。

「今もそうなんですけど、あんまり先のことは考えていない」。吉田さんはあっけらかんと語る。「割と迷ったら誰かに聞く。僕は自分の意見を全く信じていないんですよね。だって成功体験がないから」。店内には、オープン前からやりとりをしているメーカーさんの商品が並んでいる。加えて、お客さんの声で仕入れた商品も少なくない。コンビニの経験から、定期的に新商品が入らないと落ち着かない。新商品を自ら探すだけでなく、メーカーさんの紹介やお客さんへのリサーチも行う。

店内には吉田さんがセレクトした文具や雑貨がずらりと並ぶ。
なかにはお客さんからの声に応えて仕入れた商品も。

「このニシキアナゴのペンと同じタイプのチンアナゴのペンがあるんですが、あるドラマの主人公がそれを使って手紙を書いていたそうなんですよ。それが欲しいけど、商品名もどこで扱っているかもわからないとお客さんに言われて。それで半年くらい経ってからSNSで見つかりましたよって発信したら、そのお客さんが買いに来てくれたんですよね。求められたものを仕入れて、それを買ってくれる。地域の人に応えられるような便利さは提供したいですね」。これが欲しい、あれが欲しいというお客さんの声があれば、置いてみる。もちろん仕入れた商品が売れることもあれば、売れないこともある。それでも一人一人の声を反映する。来てくれたお客さんの声になるべく応えられるように。

カウンターのペン立てにはニシキアナゴのペンが顔を出している。
そのほか至る所に隠れた動物がいて店内は賑やか。


「しかけ絵本という専門店をやろうという想いは一つですが、その手段や方法に関しては、三者三様のやりかたで、個性を活かしながらやってきた。だからこそここまできた、というのは感じている」。メッゲンドルファーは、現在ご夫妻と息子の三人で家族経営をしている。しかけ絵本は康平さんが、店内の装飾は花屋をやっていた晴代さんと建築を学んでいた息子の一平さんが主体になっている。意見が違えば、落ち着くところまでとことん話し合う。そうしながらお店づくりを行なっている。

建物の構造や雰囲気を活かしながら、一平さんが本棚や内装を設計。
中央のウンベラータは花屋で働いていた晴代さんが育てたもの。

「息子と家族経営をしているのもあり、簡単にやめることはできないという気持ちは強い。でもやっぱり、実際にお店に立っていると、来てくれる方が感動しているんだったら続けないといけないという気持ちになる」。「本が大好きになりました」と報告してくれる男性がいた。「幼稚園で博士っていうあだ名がつきました」と教えてくれる子供がいた。そんな声を聞きながら、しかけ絵本の力の凄さを改めて実感する。日々接しているお客さんの声から、続ける理由が自然と生まれている。

しかけ絵本を紹介する康平さん。
子供も大人も手に取って触れることで、しかけ絵本の力に魅了されている。

何かを続ける原動力は、自分の行動に対する結果がもたらしてくれている。自分が動き始めることで、周りも動き始める。
自分の変化や周囲への影響を僅かでも感じ取ることができれば、きっとそれが続ける理由になる。


これからの暮らし

これからの暮らしは、現在から未来へ続く時間であり、吉田さんや嵐田ご夫妻、そして読者や筆者も全員が同じ場所に立っている。これから過ごす時間や暮らしに対して、吉田さんや嵐田ご夫妻は何を思うのだろう。

「近隣の人、西荻窪のプレミアでありたい」。吉田さんはお店の今後についてそう語った。お店で提供している接客はECでは再現できない。なによりも吉田さん自身がお客さんとの交流がかけがえのない楽しみだと感じている。「若い子が何かに出会った時に、これをやりたいと思った時に、周りを気にしない方がいいと思います。やったもん勝ちっていうのは感じますね」。
やってみて初めて周りの反応がわかる。良いことも悪いことも。昔、運転免許を取得する時にマニュアル車なんて絶対に運転できないと思った。しかしその時、母親の「みんなやってるからできるんじゃない」というたった一言で気持ちが楽になった。
できる人が一人でもいるのであれば、それは不可能ではない。

「文具店タビー」オーナーの吉田真さん。


「何をやりたいとか、こんなことをしたいというのも大事だけど、健康じゃないと何もできない。そのためには、日々の暮らしを楽しく笑って過ごすことが大切。」康平さんと晴代さんがしみじみと語る。やりたいことが見つかっても、理想があっても、健康じゃないと動き出せない。身体だけじゃなく心も含めて健康が大切だ。「当たり前すぎて考えもしない人も多いと思いますが、健康に感謝をするってことに尽きるかもしれない。きっと自分に優しくという暗示ですね。自分に優しく、人に優しく。それが全てにつながってくる」。
当たり前を当たり前と思わずに、日々を過ごすこと。ほんの少し意識を変えてみる。きっと今すぐにでも始められるはずだ。

「しかけ絵本専門店メッゲンドルファー」オーナーの嵐田康平さんと嵐田晴代さん。


飽きない暮らしは、果たしてやりたいことや長く続けられることを手に入れた先にあるのだろうか。吉田さんと嵐田ご夫妻は、お店を始めることをきっかけに過去を振り返った。過去の経験や記憶を紡いで初めて、何かを始める理由や物語が見えてきた。やりたいことや長く続けられることは、動き始めてから改めて知ることができた。
未来のことは誰にもわからない。確かに見えるのは積み重ねてきた経験や記憶だけだ。
飽きない暮らしとはきっと、経験や記憶を積み重ねていく時間を楽しみながら、大事に抱えて紡いでいくことなのだろう。



...
おわりに。
最後まで読んでいただいた方、ありがとうございます。
読み続けてもらう文章を書くことって難しい!と感じながらも、
企画から取材、執筆まで通して経験した初めての記事です。

これからも地道に言葉を探究し続けていこうと思いますので、
「スキ」「コメント」「シェア」をお待ちしております。


取材にご協力いただいたお店情報
■仕掛け絵本専門店メッゲンドルファー

■文具店タビー


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