マガジンのカバー画像

忘れない日 人生いろいろあるから 楽しく生きる

35
右大腿義足×作業療法士×シーティング・コンサルタント×起業家×PTA会長×3児の父親のロボとーちゃんです。交通事故により、右脚を失いましたが、奇跡の出会いによって、唯一無二の存在…
運営しているクリエイター

#作業療法士

いろいろあるから人生楽しい 楽しく生きるvol.33:~一人の若者の人生を変えた話~

以前ブログで、若い保育士に、「作業療法士に向いてると思うから、目指してみたら」と伝えたことを書いたと思います。 その後、その若い男性保育士がどうなったかを書いていきます。 私が保育園を退職した、数か月後その保育士から電話がかかってきた。 私:「どうした?」 保:「保育園を退職しました」 私:「まじで?」 保:「はい。作業療法士を目指そうと思って、辞めました」 私:「きたーーーー」 保:「行く学校も決まりました」 私:「頑張ってね」 彼は、作業療法士を目指し、学生になりま

いろいろあるから人生楽しい vol.25 障害受容について

今日は、障害受容について書いていこうと思う。 障害受容の過程でいわれる段階は、いくつかあると思うが、簡単に書くと ①ショック期 発病の直後で集中的な医療とケアを受けている時の心理状況。 肉体的には苦痛があっても心理的には逆に平穏で、感情が鈍麻した無関心な状態。 現実に起こっていることが自分ではないような状態。 → 交通事故の後、脚の痛みとかめちゃくちゃあったけど、冬休み明けには、学校に戻らないと、それまでに元の状態になるように、間に合わせないとと思ってた時期かな。 ②

いろいろあるから人生楽しい 楽しく生きる vol.17 ~ 復学

事故の時に、クラスのみんなが寄せ書きをくれた。ありがとう。 もちろん、事故後は、休学していたため、ひとつ下の学年での復学となった。 たぶん、いきなり一つ上の学年だった先輩が、事故に遭い義足で自分たちのクラスに復学してきたから、後輩たちは、物凄く気を使ったと思う。 でも、持ち前の明るさと、社交性で何とかなるもんやね。 復学して、義足の辛さを痛感することとなる。 講義は、今まで同様に受けれるが、実技系の講義が難しい。 今までと体の使い方が違うからだ。 移乗動作一つ

忘れもしない日 ~人生のターニングポイントvol.9~ リハビリ①

切断して、まず、病棟内でのリハビリが開始されました。 通常であれば、下肢の障害に対しては、理学療法士さんが介入するのですが、 私の場合は、 義足の作業療法士の先生が担当として関わってくれました。私は、切断した当時、知識不足もあり、色々なことが出来なくったと思っていました。 特に車の運転です。 私が子どもの頃、家族で遠出をした際、父と母が交代で運転している姿に憧れを持っていました。 私も結婚したら、妻と運転を代わりながら遠出したいと思っていました。 でも、それが出

忘れもしない日~人生のターニングポイントvol.8~ 生きがい

2月12日(木) この日の日記には、 今日は、10時~12時までリハだった。 2時間のリハ、きついが、早く復帰するためには、やるしかない。 今がチャンスの時だから、やるしかない。 午後から、親友が来てくれた。 親友が車いすを車に積んでくれ、外に連れ出してくれた。 ラーメンを食べに行った。 何気ない日常がすごく新鮮に感じる。外出できることとリハビリに生きがいを感じる。 今思えば、リハビリを何のためにするのか、誰のためにするのかという目標が明確になってきていたのだと思い

忘れもしない日 ~人生のターニングポイントvol.6~ 告白

なんかサブタイトルが『北の国から』っぽくなってきた・・・ 2月2日奇跡の出逢いにより、 前だけ向いて進んでいこうと決めた私には、 まだやらなければいけないことが残されていました。 それは、事故に遭い心配してくれていた、 祖父母や友人へ切断したことを告白することです。 2月6日(金) 祖父母が事故直後に入院していた病院にお見舞いに行ったら、 「退院しましたよ」と言われ、安心したと、私の携帯に電話がありました。 前を向くと決めた私は、 「ばーちゃん、驚かんで落ち着い

忘れもしない日           ~人生のターニングポイントvol.5~  奇跡の出逢い

2月1日、私の担当をしてくれていた看護学生さんと話をした。 看護学生さん:「作業療法学科の学生さんなんですか?」 私:「そうですよ。でも、もう作業療法士にはなれないかな・・・」 ※この時、脚を失い作業療法士になることは不可能と思っていました。  自分には、何が出来るんだろう。何がやりたいんだろうと思っていました。 看護学生さん: 「ここの病院の作業療法士の先生で義足の人がいるんですよ」 私:『????????????????????』「ま じ で ?」看護学生さん:「

忘れもしない日 ~人生のターニングポイントvol.3~ 告知後から切断まで(後半)

1月19日から日記をつけ始めます。 1月23日に、転院 1月26日に、切断の手術 この、約1週間の長さは、 今まで生きてきた中で、最も長く感じた1週間 だったように思います。 1月19日 21時 強い痛み止め投与(たぶん、モルヒネ系だったと思う) 1月20日 3時 痛みで目覚める 体温39.6° 痛み止め服薬      4時 痛みで起きる      5時 強い痛み止め投与      6時 体温40.0°      7時30分 体温40.2°      13時 強い痛み止め

忘れもしない日 ~人生のターニングポイントvol.3~ 告知後から切断まで(前半)

正直、「元のようには、戻らない」と言われても、 自分の中では、そこまでピンと来ていませんでした。 この時は、自分の脚がvol.2であげた写真のようになっているなんて想像もしていませんでした。 脚の痛みは、もちろんありましたが、 それ以上に左鎖骨骨折と頚部の痛みの方が気になっていました。 たくさんの友人もお見舞いに駆けつけてくれて、 日中は笑顔で過ごせていました。 当時は、今みたいにインターネットが普及していたわけではなかったので、 とにかく暇で、 漫画を読んだり