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【小説】宇宙うさぎ3

 山田は火曜日の朝一で動植物園の門をくぐった。下調べせずに突撃した月曜日は休園日だったのだ。でもそのおかげで月曜日は丸一日空いて動植物園について文献調査ができた。そこで分かったことは、やはりこの動物園は怪しいということだった。編集長の情報も馬鹿にできない。文献調査をしていて特に気になったのは、元園長が三十年前に書いた自費出版のエッセイ本だった。

 ――閉園後に動物と植物たちは蠢く。小さな土地に押し込められた小さき生き物たち。夜空の星々が降りそそぐ深夜、彼らは宇宙と交渉する。その先頭に立つのが……。

 編集長並みにぶっとんだ元園長だったらしい。宇宙との交渉とは高尚な。人の上に立つような立派な人間の考えることは、理解するのもひと苦労だ。
 エッセイ本は上通り商店街の古書店でセール品として売られていた。パラパラと立ち読みした限りでは役に立つかわからなかったが、買って帰り、ボロアパートの部屋でじっくり読むとさらになかなか興味深いことが書いてあった。動植物園には巨大な地下広場があり、それは戦時中の猛獣処分令から動物たちを隠すために作られたもので、今なお、つまりエッセイ本が書かれた三十年前の時点では、現役のはずだと。どうやってお役人さんをごまかしたかというと、猛獣の着ぐるみを着た有志職員が死んだふりをして写真を撮り、それを殺処分の証拠として提出したらしい。着ぐるみは博物館の剥製動物から頂戴した毛皮をつなぎ合わせて作ったとも書かれていた。
 猛獣を隔離できるほどの巨大地下広場を作る資金はどこから準備したのか、写真とはいえ博物館の剥製動物の毛皮で人の目をごまかせるような着ぐるみなど作れるのか、そもそも博物館の剥製動物って毛皮剥がせるのかなど指摘したい点は多々あったが、そこはひとまず置いといて、着ぐるみの件はとても有益な情報だと思った。人間が動物の皮を被っていたのだ。編集長の言っていたカンガルーの中のおっさんおばさん説は、この話に尾ひれがついたものではないか。ぶっとんだ元園長のエッセイ本だが、だからこそ面白おかしく語り継がれる要素がある。風説というものは、個人の所感と少々の嘘で何とでも変えることができるのだ。
 そんなことを考えながら園内を歩いていたら、目的地が眼前に迫っていた。巨大地下広場への入り口はミラーハウス内にあるとエッセイ本に書かれていた。入場料は三十円値上がりして五十円だ。きっと入場チケットの印刷代が高くなったのだろう。

 デコの古傷がうずくぜ……。

 山田は、ピクニックに連れてこられたのであろう幼稚園児の集団から指をさされるのも気にせず、ひとりミラーハウスへ入っていった。


続く


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