【小説】宇宙うさぎ18
不知火(しらぬい)の皮をむいていたら電話がかかってきた。この甘くてみずみずしい果実は、子どものころからの私のラッキーアイテムだった。毎年、旬の時期を過ぎても食べれるようにと大量に買い込み、ひとつひとつラップに包んで冷凍保存している。不知火専用の冷凍庫も買って置いている。友人たちはみな私のラッキーアイテムをオレンジジュースだと思っているが、正確には違う。不知火はオレンジではない。でもそれを事細かに説明する気もなかったから放っておいたらオレンジということになった。柑橘にも色々あるんだけど。
ふきんで手を拭いてスマホのボタンをタップする。
「はい。どうしたと、ダイコク」
旧友は、少し申し訳なさそうに話し出した。自分のこと、山田君のこと、動植物園のこと。荒唐無稽な話にも聞こえるそれらを返事ひとつで返せたのは、保育士として働いていた時代の、ある出来事があったからだった。あの園児の描いた龍。空を泳ぐ龍は、私の見た幻ではなかったと信じさせてくれる話。私は嬉しくなった。
「私で役に立つなら」
そう返事をしたら、逆に旧友の方が私を怪しんだ。
「なんでそんなにのみ込みが早いかって? 人の話を信じられるかって? それは、ダイコク、私も同じ穴の狢だからだよ」
「むじなって……。悪事を働くわけじゃないとよ」
「ふん、なんね。そのヤバいカンガルーから見たら、悪事みたいなもんでしょうよ。ラッキーを期待して私ば誘ったとでしょうが。はよ、集合場所と時間ば言わんね」
電話を切った後、不知火をゆっくり、たらふく食べた。それからミキサーを出して不知火百パーセントのジュースをたっぷり作り、それをふたつの真空断熱二リットル水筒へ注いだ。少しだけ、別のグラスにも取り分けた。水筒は、ふたつで総重量六キロのラッキーアイテムとなった。それを両肩に担いで玄関へ向かう。靴箱の壁には、園児がプレゼントしてくれた龍の絵を額に入れて飾っている。それに向かって手を合わせる。
「少し、お裾分けも置いて行くからね」
青い切子グラスに注がれた不知火ジュースは、あかり取りの窓から差し込む光を反射して、月のように輝いていた。玉寺まゆみは、玄関の鍵を閉め、集合場所へ急いだ。
動植物園の穴ぐらにみんな集まっていた。
私、ダイコク編集長、オケラとその仲間たち数百匹、宇宙うさぎの新月、十五夜、三日月、他にも聞きなれない月の名前のうさぎたちが数十。最後に、満月。
「役者がそろったようだな」
宇宙うさぎの満月は叫ぶ。
「あ、ごめんね。もう一人の助っ人が遅刻だ」
ダイコク編集長が謝った。満月の目が吊り上がる。
「いい度胸だ」
「本当にごめんね。でもとても役に立つ人だよ。ちょっと待ってくれないかな」
凄む満月をさらりとかわしてダイコク編集長は続ける。
「腹が減っては戦ができぬというでしょ。ご飯でも食べて待とうよ。たくさん持ってきたんだ。パンとかサラダとか」
そう言ってダイコク編集長は登山用のでかいリュックから次々と食料を取り出す。喫茶店から出た後、買い出しと畑での収穫に付き合わされ、私まででかいリュックを背負わされたうえ、山のように食材を詰め込まれたのはこのためだったのか。しかし、みんな余計に怒るんじゃないか。顔を上げ、そろりと見回すと、全員がダイコク編集長の出した食べ物にくぎづけだった。
「おい、それは」
満月がサラダを指さして震えていた。
「あ、これ? 貸し畑で僕が育てた小松菜。オーガニック栽培。収穫したての新鮮ちぎり小松菜サラダ。たくさんとれたからみんなの分あるよ」
私とダイコク編集長以外全員の喉がゴクリと鳴る音が聞こえた。
「どうぞ」
ダイコク編集長が差し出すや否や、餓えた獣のようにうさぎとオケラたちが飛びついた。
――食い意地はった奴らだな。
そういえば、私の部屋でディナー会議した時も小松菜のおひたしに飛びついていた。こいつら小松菜が大好きだな。横を見るとダイコク編集長がスマホの画面を見てにやにやしていた。
「どうしたんです」
「いや、もうそろそろドリンクも届きそうだなって」
「ドリンク?」
「ラッキーアイテムだよ」
それだけ言ってダイコク編集長は私にはあんパンを差し出した。
続く
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