小指をぶつけたダイコクさんとふてくされた兎 6/8【短編小説】
十五夜の晩、綱引きをして盛大に月を祀《まつ》る行事があるーー。
ダイコクさんとトビキチは、麻紐《あさひも》をせっせと編んでいた。
トビキチの指示で、ダイコクさんが浴衣のままレンタカーまで戻り、ホームセンターで買ってきたのだ。
「早くしろ、もう夕暮れだぞ」
トビキチに急かされ、ダイコクさんは手を動かすスピードを上げる。
「分かってるよ。ああ、トビキチ、ここはどう編むんだ?」
トビキチは、ダイコクさんの指を前足でぺちぺち叩き、編む場所を指示する。
「しかし、不思議な形の綱だなあ」
ダイコクさんは、編み込んで太くなった麻紐を見ていう。中心の一本から、持ち手のように複数の枝輪がついているそれは、長くなるにつれムカデのように見えてきた。
「これが、十五夜綱引きの綱だ」
トビキチが言いながら、最後の輪っかの端を前歯で噛み、綱は出来上がった。
「よし、蜘蛛を呼んでこい」
やっと張り終えたセンリョウの巣で休んでいた蜘蛛が、ダイコクさんに呼ばれて社務所に入ってきた。
「何かよい案が浮かびましたか? おや、これは……」
蜘蛛は綱を見て不思議そうにした。
「これで、池のあいつをスクウ、んだよ」
トビキチが鼻先で綱をつつきながら言った。
「あれ、もとは人だろう。ダイコクが池に落ちたとき、見えたぞ。子どもだ」
「え、子ども?」
蜘蛛は驚いた。
「あれが、人の子?」
「多分な。綱引きすりゃ分かる。月も出たし、池に行こう」
蜘蛛は首をかしげながらも、トビキチとダイコクさんについて外へ出た。
池の中に、ダイコクさんが綱の先を垂らす。水面が揺れて、月明かりが泳ぐ。蜘蛛は静かに見守っている。
どのくらい待っただろうか。池の端に映っていた月が、ちょうど真ん中まで移動したとき、
「来たぞ」
トビキチが言うと、池の中からすうっと小さな手が伸びてきた。それは、池に垂らした綱の端を掴むと、ぐい、と引っ張りだした。
「よし、蜘蛛、加勢しろっ」
トビキチは空いてる綱の枝輪に噛みつき、引っ張り上げ始めた。蜘蛛は、困惑しつつも手伝う。もちろん、一番体の大きいダイコクさんが一番引っ張る。
一人と一羽と一匹が、せいやせいや、と力いっぱい綱を引く。しかし、池の手も負けていない。小さな手だが、確実に綱は池に吸い込まれていく。
「トビキチ、このままじゃ……」
ダイコクさんが、顔から玉の汗を吹き出しながらいう。
「歌えっ」
トビキチが叫び、歌いだす。
『十五夜の晩に 綱引きがござる チョイ
えいやといえば 根が切れる
根が切れる イヨ根が切れる……』
ダイコクさんと蜘蛛も、必死でトビキチに合わせて歌う。
『チョコチョッピャー
チョッピャーヤ
チョッピャーチウチャ言う
ミャァヤチョイ……』
十五夜の綱引きの歌だった。
綱が、池からだんだん引っ張り上げられる。そして……。
突然、ざぶん、と池から人が現れた。幼い、浴衣を着た女の子だった。
(続く)
この作品は小説投稿サイトエブリスタに載せていたものです。
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