小指をぶつけたダイコクさんとふてくされた兎 7/8【短編小説】
池から現れた女の子は、魚のしっぽが生えていた。
ぴちぴちと振り回すそれは、だんだん乾いて、今度はふわふわの毛が生えてきた。
「ややこしいのが出てきたな」
トビキチはそういうと、綱を放った。
「おい、そこの子ども。この池から出ろ」
女の子は、にっと笑うと、挑発するように池の中を泳ぎ始めた。
ダイコクさんと蜘蛛はどうしてよいか分からず、ただ立ち尽くしていた。トビキチは、ヒゲをさすりながら何か考えている。
「おいダイコク、さっきの綱を輪っかにして土俵を作れ」
「土俵?」
「そうだ。輪っかになるよう地面に置きゃいい。おーい、そこの子ども、相撲するぞ」
トビキチが呼ぶと、女の子はピタリと止まり、振り向いた。
「相撲、私としてくれるの?」
女の子は驚いた様子で、だが、素直に池から上がって来てくれた。
あらためて女の子の姿を見ると、ふわふわのしっぽの他に、頭から丸い小さな獣の耳まで生えてきている。そして、こちらへ一歩進むごとに足の爪は鋭くなり、手も毛深く、黒い爪になり、口からは八重歯とはもう言えないほどの牙が見えた。
ダイコクさんは恐ろしさたまらず、同じように恐怖におののいている蜘蛛と抱き合った。抱き合ったといっても、体格差があるので、お互いの手を指先で取り合ったくらいだが。
「トビキチ、この子大丈夫?」
「大丈夫だ。さっさと土俵を作れ」
ダイコクさんは蜘蛛と手を取り合ったまま、土俵を作った。
今、月に照らされて、人と兎と蜘蛛と半分獣になった女の子が土俵際に並んでいる。
「よし、準備できたな。まずはダイコク、行け」
ダイコクさんは驚きでトビキチに顔を向けた瞬間、土俵に蹴り入れられた。
「いたた……」
転んだダイコクさんが顔を上げると、正面には、もうほとんど獣の姿になった女の子が、四股《しこ》を踏んでいた。ダイコクさんは覚悟を決めた。
トビキチのかけ声が響く。
「はっけよい、のこった」
そのかけ声と同時に、ダイコクさんは池までふき飛ばされた。女の子は喜んで、綱の回りを飛びはねている。
「けっ、ひ弱が」
トビキチは悪態をつくと、池の縁で咳き込んでいるダイコクさんには目もくれず、今度は自分が土俵に入った。
「蜘蛛、かけ声を」
拒否権のない蜘蛛は、ただただ頷いた。
「子ども、約束しろ。俺が勝ったら、池から出ていけ」
女の子は、にっと笑った。
「いいよ」
「よし」
トビキチも、にっと笑った。
長く続いた勝負は、トビキチの張り手(後蹴り)が女の子の顎にクリーンヒットしたところで決まった。池から上がって観戦していたダイコクさんとかけ声をかけていた蜘蛛は、また手を取り合った。今度は歓喜の意味で。
トビキチが、ひっくり返った女の子の顔前に立つ。
「約束、守れるな」
女の子は笑顔で答える。
「うん。兎さん、遊んでくれてありがとう」
その時、ぼう、と女の子の体が光りだした。
(続く)
この作品は小説投稿サイトエブリスタに載せていたものです。
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