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【小説】肥後の琵琶師とうさぎ2

 雨音が続いていた。ときおり、ひやりとしたすき間風が頬を横切る。
 カエルも鳴かぬ豪雨か。ボロ屋の戸が軋む音が悲鳴のようだ。
 私の前にはおそらく毛玉がいる。おそらくというのは、毛玉が静かで、気配もジンガイだから、なかなかはっきりとその輪郭がつかめないのだ。
「おい毛玉、そこにいるか」
 毛玉の所在を明らかにするための質問をしたところ、舌打ちのような返事が返ってきた。
「殿様気取りか、ジジイ」
 声の方向から察するに、どうやら部屋の隅、押入れの辺りにいるようだった。
「お前、助け合う気はあるのか」
 毛玉はふふんと鼻を鳴らし、得意げに話し始めた。
「あるとも。俺も命は惜しい。まず、お前が無事に家に帰ってこれた理屈から説明してやる」
 そうだ。私は無事帰路についた。何故だか急に方向感覚がなくなったあの夜道で、うさぎは私を導いて、私の家にたどり着いた。
「あそこはな、夜道ならぬ黄泉地だったんだ」
「つまらんぞ」
「蹴られてえのか」
「いやいや。褒めたらいいのか?」
「バカにしくさって、ジジイが。いいか、あそこはな、お前みたいなちょっとばかし変な目ん玉持ってて、しかも目ん玉じゃなくて耳だとか鼻だとかで世の中見てる変人がたまに迷いこんでくるこの世とあの世の繋ぎ目よ。繋ぎ目っていうからには特別な目を持ってるやつじゃないと入れないんだが、ジジイ、お前は盲目だろう。だから入ってこれた」
「盲目が特別な目か」
「正確には目じゃなくて、目ん玉以外の場所に目ん玉持ってるってのがミソよ」
 うさぎの言うことはよく分かなかった。
「俺のどこにその特別な目ん玉はあるんだ?」
「琵琶よ」
 琵琶に目ん玉だと? ますます訳が分からなくなってきた。
「おい、謎かけみたいな言い回しはいいからもっと分かりやすく説明できんか」
「いや、ジジイ、お前心当たりがあるはずだ。今までもツラの目ん玉以外でものを見てきただろう?」
 ふと、私の脳裏に子どものころの記憶が浮かんだ。
 草原をかける近所の子どもたち。私も一緒にかけている。
 どうやって?
 私は、幼いころから盲目なのに。
 私は、私は……。
 琵琶の音がボロ屋に響く。
 ああ、私はまた、琵琶で会話していたのか……。
 うさぎがしゃべるはずないじゃないか。そして私もしゃべれるはずないじゃないか。私は、琵琶の歌を歌う以外では声が出ぬのだ。

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