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【小説】宇宙うさぎ14

 オケラに煽てられていい気になった私は、宇宙うさぎとオケラをボロアパートに招待した。もちろん馴れ合いのためではない。今後の作戦会議のためだ。私は今、ダイコク編集長、宇宙うさぎ、天女様と三者から引っ張りだこでキャパオーバーなのだ。それも一人は業務命令で、一人は脅迫で、一人は交換条件ときた。綿密な計画を立てる必要がある。

 ボロアパートの軋む階段を上る時、宇宙うさぎは小鳥の囀りのような悲鳴をあげた。階段の二段目に小石があり、それを踏んづけてしまったのだ。宇宙うさぎは私に怒りの眼差しを向けた。理不尽ではあったが、私は謝罪し、オケラの乗っていない左肩に宇宙うさぎを乗せ、残りの階段を上がった。部屋に入るなり手当を求められたので、宇宙うさぎの足裏を確認したら、右足の踵がほんのちょっぴり赤くなっていた。本来、うさぎの足裏というものは毛で覆われており、犬や猫のように肉球がむき出しになっているものではないそうだが、さっきの階段の小石で大事な大事なこの足裏の毛が禿げたと宇宙うさぎは主張した。確かに踵以外は毛むくじゃらだ。

「軟膏でも塗ったらいいのか」

「アホ。もっといいもん出せ」

「もっといいものねえ……」

 私は言いながら薬箱という名のなんでも入れの箱を掻きまわし、よさげな薬を探した。チューブに入った液体タイプの絆創膏が出てきた。

「これ、かなりしみるけど」

 宇宙うさぎは私が差し出したそれに鼻を近づけ匂いを嗅ぐと、

「おお、高そうなヤクの香りがするな。さっさと塗れ」

 そう言われて私はまた理不尽に怒られる気配を感じたが、かまわず宇宙うさぎの足裏に塗布した。階段の時の比にならないくらいの悲鳴が響いた。リコーダーの一番高い音を耳元で食らった衝撃だった。私の肩の上で一部始終を見守っていたオケラもひっくり返って畳に落ちた。

「てめぇ、ちょっとずつ塗れよっ」

 宇宙うさぎは足を抱え込むように横倒れになったまま、私を罵倒した。

「ちょっとしか塗ってないよ。しみるって言っただろう」

 本当にちょっとしか塗ってないのだ。私も昔、髭剃りで顎を切ってしまった時に塗ったら、剣山でも刺されたのかと思うほどの刺痛が皮膚を走った。そういう薬なのだ。良薬口に苦し。
 それから宇宙うさぎの踵の痛みが治まるまでに私は風呂を済ませ、飯の支度をし、作戦会議の席を完成させた。

「さ、ディナー会議だ」

 オケラと宇宙うさぎは歓声を上げた。好物があったらしい。

「やるじゃねえか二重スパイ」

 オケラも賛同の意の例の言葉を繰り返す。

「まあね。ところでその二重スパイって呼び方何とかならないか」

「コードネームが必要か」

「いや、そんな大層なものじゃなくて、普通に名前で」

「人間一号」

「山田、だよ」

 そこで私はこの宇宙うさぎとオケラにも名があるのだろうかと思った。

「なあ、あんたらにも名前があるのか」

「当たり前だ」

「何」と聞いた。

「俺は、満月だ」

「風流だな」

「俺の仲間はみんな月の名前を使っている」

 続いてオケラも名乗った。それから会議が始まった。
 書記は私「山田」、議長は宇宙うさぎの「満月」、それからタイムキーパーはオケラの「もぐら」。
 オケラの仲間たちは土中の生き物の名前を拝借しているらしい。土蜘蛛、ミミズ、オロチ……。オロチはさすがにジャンル違いじゃないだろうか。いや、他者の名前に文句を言うのはやめておこう。


続く

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