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【小説】宇宙うさぎ4

 宇宙うさぎは、火星と冥王星と、それから地球各地の穴ぐらに暮らす仲間たちに通信機で連絡を取っていた。地球うさぎが運営する竹籠飛脚便を使って自身が宇宙に出向いて直接話すことも考えたが、昔、その飛脚便の連中と百メートル走の勝負で揉めたことを思い出し、やめた。
 あの時は、竹馬に乗ったマヌケと竹籠に乗ったアホが低俗な罵り合いを始め、軽トラに乗ったタレ耳とママチャリに乗ったタチ耳がチキンレースを始めたため、陸亀と談笑しながら歩いた自分がいち抜けした。すると、たわけどもはいちゃもんをつけ始めた。

 ――何か乗り物に乗って競走するのがルールではないのか。己の足だけで戦うとは卑怯なり。

 ――脚力自慢はうさぎに非ず。

 ――再戦せよ。

 好き勝手言われ腹が立ったので、近くに落ちていた馬糞(まぐそ)を投げつけたら、馬糞投げ合いの乱闘に発展した。秋の、阿蘇は草千里の満月の夜であった。草千里の原っぱには湖のような大きな水たまりがある。その水面には、月と、その他の星々が転写されており、そのため、空からも地面からも星明りが反射して一帯は薄く輝いていた。
 その空(くう)を、馬糞(まぐそ)が切る。
 馬糞に輝きがあれば、それは流れ星のようで、その宵は流星群で、ロマンチックな夜更けであっただろう。実際は、馬糞の矢が降りそそぎ、耳の長い獣どもの罵声が飛び交う最低な深夜である。世界は、宇宙は、草千里は、今ここで終焉を迎えても惜しくない。そんな表情をしている陸亀を見て冷静さを取り戻し、戦線を離脱した。離脱するときは陸亀の背中を借りた。雄大なる大阿蘇を思わせる包容力を持った背中であった。馬糞が目に染みて涙が出た――。

 ひどい記憶がよみがえってきたものだ。ため息をついたら、返事をするように通信機から仲間の返信音が響いた。
 我々の秘密を探っている人間がいた。そいつの手下が園内に侵入したようだったので今後の対応を相談していたのだ。仲間からの返事はこうだった。

 ――そいつは我々の計画に使える。生け捕りにせよ。

 宇宙うさぎは麻酔銃を引っさげ、ミラーハウスへつながる巣穴を駆けた。


続く

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