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【掌編小説】花時計とうさぎ

 この世界は、草木や風や雲が季節をつれてくる。その季節を受けとめて、みんなに知らせる役割りを動物たちがしており、動物たちは花時計というもので季節を受けとめていた。花時計には十二個の時間がならんでおり、十二個の時間の間には5個きざみの時間があり、さらにその五個の時間の間は六十個にきざまれ、さらにさらにきざまれ続ける時間があった。
 花時計の時間の単位ごとに担当の動物がおり、ゆっくりと這うような時間の担当は亀で、素早く過ぎ去るような時間の担当はミツバチで、亀とミツバチの真ん中くらいの時間の担当はうさぎだった。

 ある日、うさぎたちは花時計の不調に気づいた。この季節ならば必ず咲くはずの花が咲かないのだ。なぜなのか。うさぎたちは話し合いをした。
 あるうさぎはこう言った。
「水が足りないのかも」
 またあるうさぎはこう言った。
「ご機嫌ななめなだけさ」
 他のうさぎたちも口々に意見した。足りてないのは栄養だと言うもの、お祈りが必要だと言うもの、何か災いの前兆だからほっといて逃げるべきだと言うもの……。最後の意見を皮切りに、花時計そのものの意義を問うものまで出始めた。
「そもそも花時計が無くったって生きていけるのでは」
「そうだ季節を受けとめずとも、みなに伝えずとも、生きていけるのでは」
 その意見に賛同したものもいたが、反対したものもいたので、話し合いは長く続いた。
 長い話し合いのあと、うさぎたちは花が咲かない原因を調べる旅に出ることにした。
「話し合いだけでは解決しない。花が咲かない理由を突き止めてくる。議論はそれからだ」
 翌朝、うさぎの調査隊が出発した。まずは、一番長生きで知恵のある亀のところへ向かった。亀は、大きな山をふたつ越えた先の川に住んでいた。
 亀はこう言った。
「翌年の花が咲くまでゆっくり待ったら」
 それでも咲かなければ、さらに翌々年まで待って、それからまた話し合いをしたら、と。
 うさぎの調査隊は、さすがにそれでは遅すぎると思ったので、今度は、刹那の時間を生きるミツバチの所へ話を聞きに行った。ミツバチは深い森の巨木の枝先にいた。下から叫んで話しかけた。
 ミツバチはこう言った。
「さっさと新しい花を植えてみたら」
 植物だってどうせいつかは枯れる。代わりを育て始めて何か不都合があるのか、と。
 しかし、どの花ならば代わりになるのか分からないし、そもそも咲かない原因を突き止めなければ、代わりの花を植えても今の状況の二の舞になってしまう。うさぎたちはまたもや頭をかかえた。
 結局、うさぎの調査隊は成果を得られず、帰途についた。
「どうするどうする」
 亀もミツバチも欲しい答えをくれなかった。
「どうするどうする」
 花が咲かない原因は何だ。
 それから三日三晩考えて、ついにうさぎたちは結論を出した。
 花になろう。
 花になれば、花の心が分かるだろう。花の咲かぬ論理が、体感できるだろう。
 満月の夜、うさぎたちは願いを叶えるために儀式を行った。
 夜空を見上げ、祈った。
 一番若いうさぎに、月光がそそいだ。小さな星々が万華鏡のように月を取り囲み、ゆっくりと揺らめいた。
 一番若いうさぎはその場で根をはり、長い耳から小さなワタの花を咲かせた。まわりのうさぎたちは、そっと耳をかたむけた。
 花は、何も答えてくれなかった。
 それから毎日うさぎたちは今まで通りに花を世話していた。ワタの花を咲かせたうさぎの世話も。
 数年ののち、近くに別の花が咲き、その花が花時計となった。うさぎたちは花時計で季節を受け止め、伝えつづけた。

 すべてのうさぎが寝静まった満月の夜、ワタの花を咲かせたうさぎは空を見上げていた。時おり寄りつくイモムシを、しっぽで軽く払いながら身を守る。そのしっぽが巻き起こしたかすかな砂ぼこりが、横を走り抜けたキツネの鼻腔をくすぐり、キツネはクシャミをした。キツネのクシャミに驚いたミミズクは、食べかけていたネズミを木から落としてしまう。ネズミの胃袋には、ネズミがたらふく食べた木の実や花の種が詰まっており、それらはネズミとともに土へ還った。そこに、時たま花が芽吹くことがあるのだった。

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