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【小説】宇宙うさぎ24

 地球うさぎは、もし、カンガルーの子が幸せになれなかった時は、いや、幸せにするにはどうしたらいいか考えて暮らしていた。カンガルーの子は動植物園で暮らしている。ならば自分も動植物園で暮らして、手助けできる体制を作ればいい。動植物園での地位確立。人気者にならなければ。
 すぐに動植物園の飼いうさぎたちに接触し、同盟を結んだ。飼いうさぎたちに自由を与える穴ぐらの提供。それから開園時間中の入れ替わり。日中の仕事から解放される提案を飼いうさぎたちは喜んで受け入れてくれた。飼いうさぎの所作を覚えるのと、入れ替わりになる飼いうさぎの毛色に似た仲間を探すのに手間取ったが、地球うさぎの一族の数は多かったので三交代制を組めるだけの面子がそろった。一族への事情説明が大変だったが、何とか了承を貰うことができた。賭け事好きの一族なのだ。もし自分が動植物園で一番の人気者になれなかった時は、頭を丸めて貉として生きてゆくと言ったら一族総爆笑で賭けが成立した。

 ――これは賭けだ。生き抜いてゆくための大事な大事な賭けだ。俺は動植物園で一番の人気者、偶像(アイドル)になる。そうすれば、もう何が起こってもカンガルーの母との約束が守れる。そう、思ってたんだ。

「五十六、あなたもこっちへおいで」

 突然、天女様に呼ばれ地球うさぎの五十六は小さな心臓が耳から飛び出しそうになった。

「天女様……」

 ああ、俺のことも分かってらっしゃったのか。
 か細い声で返事をし、五十六は穴ぐらから這い出した。カンガルー、人間たち、オケラ、それから宇宙うさぎの満月が目を丸くしてこちらを見た。
 逡巡ののち、満月が叫んだ。

「てめえ五十六、このカンガルーが目玉持ってたのはお前のせいか」

「そうだ。俺が渡した。始まりはお前への嫌がらせだ」

「俺の目ん玉ぶんどりやがって、その上嫌がらせたぁ、この腐れ外道が!」

「もとはといえばお前が草千里で馬糞の投げ合いなんぞしたからじゃ、ボケ!」

 天女様が静かに手を上げた。宇宙うさぎと地球うさぎは、すっと押し黙った。

「あなたたちまだ喧嘩するの。こんなにまわりを巻き込んで」

 双方、首を垂れて反論の余地もない。
 五十六はカンガルーに謝った。

「すまない。君の母に宇宙うさぎの目玉を渡して。俺は馬鹿だ」

カンガルーはゆっくり五十六の方へ歩み寄った。

「もう、いいよ。僕のためだったんでしょ。母さんから聞いたことある。生まれる前のおなかの僕に向かって何度も、何度も話してくれた……。ありがとう」

「本当にすまなかった。つらかったろう」

「うん……。でも目玉を返したらなんだか少し楽になった……」

 そこでカンガルーは山田の方を見た。

「物語、園長殿もみんなも幸せになるの書いてくれるの?」

「書く。書くよ」

 山田は約束した。

「絶対書く。夏の終わりまでに。必ず」

 カンガルーが、笑った。

「僕の名前、百(ひゃく)って意味の百(もも)だよ。気に入ってる名前だから間違えないでね」

 それを聞いて五十六は、カンガルーの母の言葉を思い出した。

 ――私の胎の子も、産まれたら数字の名をつけるよ。

「いい名前だ。本当にいい名前だ……」

 五十六の声はか細く、まわりには聞こえていなかったが、カンガルーの百だけは、嬉しそうにうなずいていた。


続く


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